第26回女子美パリ賞受賞者 朝倉優佳
5月11日
こちらでの雨は嫌いじゃない。
じめじめすることもなく、ぱらぱらと降り注いでは、土の香りを立ちのぼらせ、乾いた空気に潤いを与えてくれる。まさに「恵みの雨」といえるだろう。一日中降り続くことはごく稀で、数十分、あるいは数時間もすれば、空気はまたからりと乾きだす。もちろん、冬の冷たい雨に出会えば、感想はまた変わるだろうが、いまはただとても心地よく感じる。
私の部屋からは、雨の向こうにピアノの音が聴こえる。
5月17日
パリの夕暮れは、太陽が沈む直前まで、いきいきとした光線を放っている。空が赤くなるのはわずかな時間で、青い空がだんだんと淡くなり、昼間の顔のまま、太陽はゆっくりと傾いていく。黄色い灯が街中に浮かび始める。夜9時半、まだ空は青い。
市場で花を買おうと長いこと考えているのだけれど、いまだ買いに行けていない。うっかり市場が開かれる週末に予定を入れてしまう。土曜日の朝をつかまえるのは、容易ではない。
日々のドローイングをして、油彩を描き、フランス語を学んだり、コインランドリーで洗濯機をまわしたりしながら、文章になりきらない言葉をメモに残し、美術館やギャラリーに足を運ぶ。授業やギャラリーのオープニングが少ない週末には、人と会う約束を入れることが多い。それから、カフェでものを書いたり読んだりして時間を過ごしているうちに、あっという間に次の週がやってくる。
荷物への道のり
やっと、日本から送ってもらった荷物が届いた。なかなか長い道のりであった。フランスの郵便事情の厄介さは以前から聞いてはいたが、ここ数日で、なるほど、と理解できたことがある。気をつけなければいけないのが、日本の郵便配達の正確さや対応の丁寧さに慣れてしまうと、それは世界の基準からは大きく外れている、ということだ。
荷物が無事にフランス国内に入ったと連絡があった数日後、突然、運送会社から一通のメールが届いた。もちろんすべてフランス語で書かれているので、ウェブの翻訳機能を使いながら読んでいく。しかし、日本語に訳して読んでも、依然として内容の意味がわからない。メールには書類が添付されており、それは明らかに、企業間の輸出入に関する税関手続きの書類であった。それがなぜ、一個人の生活用品の荷物に対して送られてきたのか。謎である。
フランス人の知り合いに聞いてまわったが、皆、首を傾げるばかりであった。最終的に、フランス在住の友人に、運送会社へ電話で問い合わせてもらった。結局、それでもなぜその書類が私の元へ送られてきたのかはよくわからなかったし、特に説明もなかった。仕方なく、友人の指示通り、改めてメールで、この荷物が私の個人的なものであることを説明する文章を作成し、送った。翌日、「それでは〇〇日に配送します」とだけ返事が来る。関税については何も触れられていなかったが、まあ届けば何でもよい。
配達予定の当日、早朝に「今日の○時から○時の間に配送ドライバーが届けます」というメッセージが届いた。到着10分前にドライバーから電話があるとのことだったので、自室で作業をしながら待機する。ところが、配達予定の時間が過ぎた頃、また一通のメールが届き、そこには「今日は配達できません」と書いてある。数時間前に「今日配送する」と言っておいて、理由もなしに土壇場でキャンセルされた。これには頭にきたので、理由を教えてほしいと返事を出すも、無視される。
こういったことが今日も改善されずにいるのだから、フランス人はなんとおおらかなんだろうか。私も見習わなければならない。結局、何の説明もないまま、再び当然のように配達の日程を変更するよう促され、配達日を再設定し、また後日、期待せずに待つこととなった。
再配達当日、コインランドリーで洗濯をし終えた私は、大量の洗濯物を抱えて部屋に入った瞬間、部屋の固定電話が鳴っていることに気がつく。部屋に設置されている電話は滞在施設の受付と繋がっているので、すぐに受付からの連絡だと察した。靴を脱ぎ捨て、洗濯物を放り投げ、転がるようにして電話に出ると、やはり受付からで、数分以内に運送業者が荷物を届けに来ることを教えてくれた。そして加えて、「関税で128ユーロ払う必要があるみたいだから、お金も持ってきてね」とのことだった。最後の最後に、さらに払うのか。苛立ちながらも受付へ向かい、支払いと受け取りのサインをして、荷物を受け取った。
以前、フランスの郵便事情について調べていたとき、日本からの荷物には、すでに運送費が支払われていても、フランスに着いてから関税を支払わなければならないケースがあると読んだことがあった。それがなぜなのか、どういった基準なのかはかなり曖昧なようで、よくわからない。今回もそうであった。しかし、これは税関が決めることであって、配達のドライバーには関係のないことである。唇を噛み締めながら支払いを済ませた。
レジデンスの受付の人は、以前韓国から荷物を送ってもらったけれど、そのときは関税がかからなかったと話していた。「日本だから」というのもあるのかもしれない。あるいは、そのときのタイミングで、そういう事象に出会ったり、出会わなかったりする。そんなことが、あたりまえに起きる。
この日はこの後、むしゃくしゃしながらギメ東洋美術館へ向かった。なんとなく足が向いただけのつもりだったが、日本人としての私を励ましたいという瑣末な気持ちもあったのかもしれない。
最寄りの地下鉄の駅前で、雨上がりの土を少し蹴って歩いた。
紙のチケット
先週、こちらに来てはじめて映画館に行ってきた。友人と、大きなシネコンでアメリカ映画を見た。そこは今までに経験したことのないような規模の映画館で、館内には30を超えるスクリーンが用意されていた。最新の映画を、迫力のある大画面で見るには最適の場所であった。
昨日は、ひとりで映画館を訪れてみた。カルチェラタンにある、古く小さい箱で、いわゆる単館系の映画館だ。90年代の香港映画を目当てに行った。オンラインで一応チケットは買っていたのだが、受付でQRコードを見せると紙のチケットを渡された。私個人としては紙のチケットをもらえるのは嬉しいのだが、わざわざオンラインチケットのシステムを用意している意味はよくわからない。
スクリーンの入り口らしきものが見当たらず、きょろきょろしていると、受付の人が外を指さし、何か言っていた。なんと説明されたのか理解できず、改めて質問しようとしたが、次の瞬間にはもう電話を取って、何やら話しこんでいた。とりあえず外に出てみると、長い列ができている。まさか少し古めのアジア映画にこんなに人が並ぶだろうか、と半信半疑のまま最後尾に向かう。私の前に立っていた婦人に声をかけて聞いてみると、この列で合っているという。「こんなに人気だとは思いませんでした」と驚いていると、「いつもこんな感じよ」と婦人は笑っていた。
開演時間になっても列が動かない。不思議に思っていると、5分ほどして映画館の脇の扉から人がぞろぞろと出てきた。前の上映を見ていた客らしい。やっと列が動き始め、紙のチケットをスタッフに見せて入場する。中に入ってみてわかったが、受付横にあった小さな扉が、スクリーンへの入り口になっていた。前の上映が終わって客が退場すると、その扉が開放され、次の上映のための案内が始まるらしい。化粧室はロビーにはなく、スクリーンのすぐ脇にあり、上映前にはトイレ待ちの列ができる。おおよその客が席に着いたのを確認してから、スタッフは上映を始めるようで、前の上映が長引いたのもこのためだったのだろう。
席は自由席である。東京ではこういったシステムの映画館が少なくなってしまったので、懐かしい気持ちになった。予約システムは、事前に好みの席を確保できる安心感を与えてくれる。もちろん便利で画期的なものだと思うが、自由席には、くじ引きのようなワクワク感がある。今となっては、それも悪くなかったと感じる。学生時代に、吉祥寺あたりの単館系を含めたさまざまな劇場で、体力の続く限り映画を見続けていたことを思い出す。
香港の映画なので、もちろん音声は広東語、字幕はフランス語である。何度か見たことのある映画とはいえ、最後に見たのは何年も前のことだったので、どれくらい理解できるか不安はあった。しかし思っていた以上に、フランス語も含めて内容を把握することができ、嬉しかった。特に、くすっと笑ってしまう部分を、劇場にいる人々と共有できたのが心地よい。
古い映画館と懐かしい作品。この心休まるひとときは、パリでの日々の中の小さな喜びであった。

近くの花屋。今はただ通り過ぎるだけである。

パリの夕暮れ。

雨あがりの新緑。

カルチェラタンの映画館。
2026年6月25日

















