先生の本棚から

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


摘読録――My favorite words 第22回

女子美術大学 名誉教授 北澤憲昭

 

一九六八年の夏、小雨に濡れたプラハの街頭に対峙していたのは、圧倒的で無力な戦車と、無力で圧倒的な言葉であった。

--加藤周一「言葉と戦車」(1969)

 

 

1956年2月25日、ソヴィエト連邦共産党第20回大会において共産党第1書記ニキータ・フルシチョフがスターリン体制の実態報告をおこない、粛清や暴政のすさまじさがあきらかにされた。報告は、諸外国の共産党や労働者党を排した秘密会議で行われたのだが、その内容は徐々に外部に拡がるところとなり、その結果、ソヴィエトが掌握していた国際コミュニズム運動の求心力は低下してゆくことになる。東欧圏では、共産党支配に対抗して民主化を求める運動が展開され、その一環として「プラハの春」と呼ばれる事件が起こった。 ☆ 1968年春に開かれたチェコ- スロヴァキアの共産党中央委員会総会で採択された『行動綱領』には一党独裁体制の是正、市場経済の部分的導入、表現の自由などの項目が盛り込まれ、市民は「二千語宣言」を以てこれに賛意を表明した。パリで「五月革命」の昂揚があり、日本では全共闘運動が最後の光芒を放った年のことだ。☆ ソヴィエトは、こうした民主化の動きを「反革命」の徴候とみなし、これを弾圧するべくワルシャワ条約機構軍をチェコ‐スロヴァキアに侵攻させた。8月20日23時のことである。チェコ‐スロヴァキア全土を制圧した侵攻軍は、国際通話や外信用テレックスなどの国外向けの公的通信手段を封鎖し、情報統制を布いたが、プラハで起こっていることは、アマチュア無線を通じて、またたくまに世界の知るところとなった。☆ 当時、音楽祭開催を控えたザルツブルグに滞在していた加藤周一は、8月21日の朝、食事のために訪れたレストランでチェコが非常事態にあることを知る。彼は、音楽祭をキャンセルし、情報収集に有利な首都ウイーンへと急行する。このときの経験に基づいて書かれたのが「言葉と戦車」にほかならない。☆ 上に引いたくだりに先立って、加藤は、次のように記している。「言葉は、どれほど鋭くても、またどれほど多くの人々の声となっても、一台の戦車さえ破壊することはできない。戦車は、すべての声を沈黙させることができるし、プラハの全体を破壊することもできる。しかしプラハ街頭における戦車の存在そのものを正当化することはできないだろう。自分自身を正当化するためには、どうしても言葉を必要とする。すなわち相手を沈黙させるのではなく、反駁しなければならない。言葉に対するには言葉をもってしなければならない」、と。ジョセフ・クーデルカが残した、戦車の兵士を説得しようと必死に語りかける市民たちのすがたが想い浮かぶ。☆ 引用部分に続けて加藤は「その場で勝負のつくはずはなかった」としるしているが、加藤のいうとおり「勝負」は先にもちこされた。軍事力によって鎮圧されたものの、民主化の動きは決して終わることはなく、いったん伏流と化してプラハの精神的な通奏低音と化し、21年後の「ビロード革命」においてモルダウのように大きな流れとなって高らかに響き渡ることになる。

 

2019年7月20日

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


摘読録――My favorite words 第21回

女子美術大学 名誉教授 北澤憲昭

       

形よりして言えば、則ち身は心を裹[つつ]み、心は身の内に在り。道よりして観れば、則ち心は身を裹[つつ]み、身は心の内に在り。

――大塩平八郎『洗心洞箚記』

         

大塩平八郎の主著の一節である。書名にみえる「洗心洞[せんしんどう]」は、大塩が自邸に設けた私塾の名、「箚記[さっき]」は読書記録というほどの意味だ。☆ 「形」は身体の意味をもち、「道」は、「道義」「道理」などの熟語にみられるように、中国思想史では法則、規範などの意味を帯びる。これらを踏まえて上の文を読むならば、次のように解することができる。身体という観点からいえば身が心を包み込んでおり、心は身の内にある。道という観点に立てば心が身を包んでおり、身は心の内にある、と。☆ 卑近な例で説明すれば、大塩が指摘する身と心の関係は、PCとインターネットの関係になぞらえることができる。PCのハードウェアを身体とすれば、その身体において行われるさまざまなジョブの大もとにOS があり、そのうえにいくつものアプリケーションが配置され、アプリケーションを介して大量のデータが蒐集され、記録され、編集され、それらにもとづく知的営為が展開される。すなわち、「心は身の内に在り」である。ただし、PCはインターネットと接続されるのを常とするから、ジョブは、PCの外部と繋がり、遥か彼方まで拡がっている。また、サーバーやメモリーなどの機能をインターネット経由で取得するクラウドも活用されている。そうした広がりのなかにPCはある。すなわち、「身は心の内に在り」である。コンピュータによる作業はすべてOSに帰せられるという点を踏まえてネットの拡がりを思うならば、引用部分の少し前にしるされているように「身外の虚は、即ち吾が心の本体なり」ということにもなるだろう。以上を要約するには、王陽明[おうようめい]の言行を伝える『伝習録』の次のことばがぴったりくる。「心無ければ則[すなわち]ち身無く、身無ければ則ち心無し」。大塩平八郎は大坂町奉行に属する優秀な与力であったが、陽明学者として広く知られていた。☆ 大塩は若くして隠居したのち、天保の大飢饉に際して幕府の無策と特権的豪商のエゴイズムに義憤を発して兵を挙げ、倒幕運動の遠い陣痛として後世に名を残すことになる。いわゆる「大塩平八郎の乱」であるが、これは認識と実践の連動を重んじる陽明学の思想に根差す行動であった。☆ 失敗に終わった挙兵は過激かつ無謀であり、森鴎外は、「平八郎の 思想は未だ醒覚せざる社会主義である」としながらも、けっきょくのところ「米屋こはしの雄」に過ぎないとして、大塩平八郎の思想からは「頼もしい社会政策も生れず、恐ろしい社会主義も出なかつた」と評したが(『大塩平八郎』)、三島由紀夫は、プラグマティクな観点からは評価しがたい大塩の行動に「能動的ニヒリズムとしての陽明学」を見い出して、賛辞を送っている(『行動学入門』)。大塩は、非常に短気なひとであったようだから、ニヒリスティクとも見えるその成算なき行動は、性格と思想の相乗作用であったとみることもできそうだ。

      

          

2019年5月28日

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


摘読録――My favorite words 第20回

女子美術大学 名誉教授 北澤憲昭

 

春は、あけぼの。やうやう白くなりゆく、山ぎは少し明りて、紫だちたる雲の細くたなびきたる。

――清少納言『枕草子』より

 

いまの京都に、千年前と同じ空などありはしない。清少納言が目にした「あけぼの」の空を眺めることは、もう誰にもできない。他の都市と同じく京都の空気は、酸化硫黄,二酸化窒素,一酸化炭素,粒子状物質、光化学オキシダントなどによって汚染されている。しかも、内陸盆地にある京都では大気が滞留しやすい。そればかりか、大気汚染は、冬にピークに達する。その冬があけての春である。いまの京は、むかしの京にあらず。いにしえの京のあけぼのは、ことばのなかに息づいているばかりだ。☆『岩波古語辞典』によると、あけぼのは、あかつきの次にやってくる。「あかつき」は夜の終わりで、朝のまだ暗い段階を指す。一夜を共にした女性のもとから男が帰ってゆく刻限だ。そこここに闇がただよう空間が、やがて、空の方からほのかに白んでくると「あけぼの」と呼ばれる時分となる。☆ こうして夜の終わりから朝の始まりへと時がスウィッチされる。あるいは、リセットされる。つまり、無垢な時間のおとずれである。イェーツが「夜明けのように無知でありたい」と歌ったとき、彼は、こうした「あけぼの」のすがすがしい無垢の光を――もしかしたらミネルヴァの梟との対比において――感じていたのにちがいない。☆ 引用した文の読点は一例にすぎない。「やうやう白くなりゆく山ぎは」で読点を施し、「少し明りて紫だちたる」で区切ることもできる。だが、「やうやう白くなりゆく」で区切った方が「あけぼの」のイメージが彷彿するように思われる。だんだんと白い光が空から地上へと降りてきて、あたりに瀰漫してゆく感覚があるからだ。☆ この文章は「たなびきたる」と連体形で終わっている。ほんらいなら「たなびきたり」とするべきところだが、それではたんなる情景描写になってしまう。一事例になってしまう。連体形で文を結ぶのは強調のレトリックであり、また、この場合は、そうすることによって事例が典型へと切り替えられている。☆ 末尾の連体形は、「春はあけぼの」という冒頭の体言止めと対応していると考えることもできる。もし、そうだとすれば、「紫だちたる雲の細くたなびきたる」という連体形を「あけぼの」に接合して読むのも一興だ。これによって京の「あけぼの」が大気汚染を逃れて、ことばの円環のなかで、きよらかな光を放ち始めるからである。☆「春はなんといっても明け方。だんだん白んでくる山際が少し明るくなって、紫がかった雲がほそくたなびいているさま。」大庭みな子は、このくだりに、こういう現代語を対応させた。同じくだりに、メレディス・マッキニーは次のような英語を与えている。In spring, the dawn - when the slowly paling mountain rim is tinged with red, and wisps of faintly crimson-purple cloud float in the sky.

2019年4月2日

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


摘読録――My favorite words 第19回

 

女子美術大学 名誉教授 北澤憲昭

 

芸術家はよくきわめて非実際家だと言われ、またたいていそう感じられている。彼らはいつも食事に遅刻する、手紙を出すことを忘れ、借りた本やまたは借りた金さえ返すことを忘れる。

――ジェーン・E・ハリソン/佐々木理訳『古代芸術と祭式』

 

説明するまでもないだろう。芸術家自身はもちろん、家族や友人に芸術家をもつ者なら誰しも覚えがあるはずだ。オスカー・ワイルドは批評家も芸術家のうちに数えたが、自分のことを棚に上げるために、とりあえず、このことは括弧に入れておくことにしよう。☆ 「非実際家」とは、プラクティカルな社会生活になじまないという意味である。つまり、芸術家は実生活に疎いということだ。☆ もうすこしハリソンのことばを引いておけば、このくだりの少しあとで、彼女は「非実際的」ということを、「芸術は直接行動と縁の切れたものだ」といいかえている。☆ たとえば、ほどよく熟した桜桃が目の前にあるとする。これを食べて満足するならば、それによって、生命維持にかかわる正常な行為のサイクルが完結する。その行為は、実生活の一齣として収まりがつく。ただし、そのひとは芸術家ではない、とハリソンはいう。もし、そのひとが画家ならば、桜桃を食べることなく、そのヴィジョンを――純化されたエモーションを――描くはずだ。つまり、芸術家の行為は生命維持のサイクルを完結させない。ハリソンは、こんなふうに説明している。☆ だが、彼女は、それにもかかわらず芸術は「深刻に人生と結合」しているという。「ありがたいことに、人生は実際的なものだけに限られていないのである」、と。☆ とりたてるまでもない、ありきたりの芸術観だが、そこから冒頭のことばが引き出されたのはおもしろい。ハリソンも、芸術家の行動に困惑した経験が、きっとあったのにちがいないからだ。☆ ところで、ハリソンは、名著の誉れ高いこの本で、主に演劇を念頭におきながら、芸術の根源の彼方に、生命的なエモーショにまつわる古代の儀礼を想定している。そして、儀礼から芸術が派生するのは、儀礼の共同性から「見物人」が分離したときだと指摘する。つまり、儀礼に参加する者と、それを見る者が分離し、対置されるところに芸術が生まれるという。儀礼の執行が演技として眺められるようになってゆくというわけである。☆ だが、その一方でハリソンは、先に引いた桜桃の譬えのくだりで、生命的なエモーションにまつわる場面の外に立つことで、つまり、「見物人」になることで、ひとは画家になると述べている。そうであるとすれば、画家は、古代の儀礼の記憶を引き継ぐ演者ではなく、その演技を見る者だということになる。ハリソンは彫刻についても、パルテノン神殿のフリーズと《ベルヴェデーレのアポロン》を例に同様の指摘をしている、「超然と見物者[スペクテータ]のごとくまた幽霊[スペクター]さながらに」という謎めいたことばを締めくくりとして。☆ 画家と彫刻家は、古代の儀礼に加わる人びとのなかからではなく、それを見る人びとのなかから登場したというこの指摘は、じつに興味ぶかい。芸術の起源にかんするいまひとつの見方を暗示しているからだ。「見ること」と「行うこと」が作り出すメビウスの環。これは、冒頭で棚にあげたワイルドの見解、すなわち批評家を芸術家とみなす見方に、ひとつの根拠を与えているということができるだろう。

 

*[ ]内は原文、振り仮名。

 

 

2019年3月8日

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


摘読録――My favorite words 第18回

女子美術大学 名誉教授 北澤憲昭

 

 

日時計の面では一日のすべての数が同時に、/すべて同じに真実に、深い平衡を保って、/あたかもすべての時間が豊かにみのっているかのよう。

――ライナー・マリア・リルケ/高安国世訳「日時計の天使」より

 

古代ギリシャには、「時」を意味する言葉がふたつあった。クロノスKhronosとカイロスKairosだ。現代の日本語でいいかえれば、クロノスは流れ去る「時間」を、カイロスは「時刻」を意味する。☆ 時刻というのは、時間のなかのある一点、つまりは瞬間だから、そこでは時間の流れが止まっている。「いま、ここ」といいかえてもいいし、「チャンス」と呼んでもいい。☆時の流れが止み、この一瞬にすべてが――過去も未来もそのすべてが――収斂する。そのとき、ぼくらは、時間に支配されるこの世界の出口にいる。だから、それを「死」と呼ぶこともできる。素晴らしい芸術作品に接したときにも同様の体験をすることがある。ひとは時間を忘れ果てて、そこにたたずむ。☆ その一刻一刻を、リルケは日時計の文字盤に見出したのだ。

 

 

2019年2月8日

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


摘読録――My favorite words 第17回

女子美術大学 名誉教授 北澤憲昭

 

 

自由などほしくありません。出口さえあればいいのです。

――フランツ・カフカ/池内紀訳「ある学会報告」(1917)

 

学会における講演の記録を、そのまま短編として成り立たせるという趣向の作品。講演者は、アフリカの黄金海岸で捕獲された猿。彼は、捕まったあと檻に入れられてハンブルクに搬送されることになるのだが、その船旅の途中で人間のことばを身につける。それが檻の「出口」にほかならないと考えたからだ。船員に向かって「よう、兄弟!」と呼びかけたのが第一声だった。ハンブルクに着くと彼は調教師にあずけられ、さまざまな教育を授けられる。そして、「ヨーロッパの人間の平均的教養」を身につけた猿は見世物小屋の人気者となり、学会の講演会に招かれるまでになるのである。☆ 講演のなかで猿は、冒頭の言葉に先立ってこう述べる。「ついでにひとこと申しておきましょう。人間はあまりにしばしば自由に幻惑されてはいないでしょうか。自由をめぐる幻想があるからには、幻想に対する錯覚もまたおびただしい。」☆引用したことばは、逃走線さえ確保できれば、それでいいという意味だが、しかし、猿の発言に反して、逃走は「自由」にかかわっている。しかも、「消極的自由(liberty from)」と「積極的自由(liberty to)」とにかかわっている。このことを「出口」という語の両義性が指し示している。☆ 猿は「ハーゲンベック商会」の猛獣狩りで捉えられたことになっているが、ハーゲンベックは実在の人物で、サモア人とサーミ人の〝展覧〟を行ったのち、動物園をハンブルクに開園した。

 

 

2018年11月15日

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


摘読録――My favorite words 第16回

女子美術大学 名誉教授 北澤憲昭

 

歴史とは、ぼくが、そこから目覚めようとしている悪夢だ。
――ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ』(1922)より

 

※ 原文は“History is a nightmare from which I am trying to awake.”主人公スティーヴン・ディーダラスは『若き芸術家の肖像』の主人公でもあり、ジョイス自身がモデルとなっている。『ユリシーズ』で、スティーヴンは私立学校の歴史教師をしている。ここに引いたことばは、その学校の校長との会話のなかにあらわれる。☆ ジョイスは出身地アイルランドの歴史にたいする重苦しい思いから、このことばをしるしたものと考えられるが、言語もまた歴史的存在であることを思うならば、人間の精神は、その成り立ちから「悪夢」に取り憑かれているというほかない。『ドイツ・イデオロギー』から引く。「「精神」はそもそもの初めから物質に「取り懸かれて」いるという呪いを負っており、ここでは物質は運動する空気層、音、要するに言語という形で表れる。言語は意識と同い年である。」(廣松渉編訳・小林昌人補訳)☆ 音楽や美術に携わるひとびとは、しばしば、言語の外なる世界を求める。しかし、それを求めさせるのは、言語とともに歴史を背負い込んできた精神にほかならない。言語の外部もまた言語的かつ歴史的に規定されている。もちろん、言語の裂け目は至る所に見い出されるものの――あたかも透視図法において、物体と空虚とが、共に等質的な体系的空間に属しているように――その裂け目も言語に属していることに変わりはない。☆ 「悪夢」から覚めるためには死の時をまつほかない。出口はこの身体。そのチャンスは、ただの一度だけだ。

 

2018年9月25日

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


デザインの得意な女子美生はよい宇宙飛行士になれる?

アート・デザイン表現学科 非常勤講師

山嵜一也

 

 

◆推薦図書
『ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験』(光文社新書)
大鐘 良一 (著), 小原 健右 (著)

 

 

 なぜ、女子美生に宇宙飛行士にまつわる本を薦めるのか?そのなぞを解き明かすべく内容を紹介していきたい。

 

 この本は宇宙飛行士選抜試験、最終選考過程を追ったドキュメンタリーである。2008年にJAXA(ジャクサ。独立行政法人・日本宇宙航空研究開発機構)によって発表された宇宙飛行士募集・選抜は日本では実に10年振りのことであった。

 

 それ以前、選抜試験に取材を受け入れたことはなく、執筆陣であるNHK取材班の粘り強い交渉の上に実現し、この本が誕生したのだ。

 

 宇宙飛行士に応募した963人のうち、最終試験に残った10人の候補者の紹介からこの本は始まる。2009年1月に始まった最終選考に残った候補者は、飛行士や医師など様々な専門性のバックグラウンドを持った働き盛りの20~30代である。最終選考期間は2週間。国内のJAXAで9日間、アメリカのNASAで7日間におよぶハードな試験に挑む。

 

 審査は、筑波宇宙センター内に国際宇宙ステーションを再現した「閉鎖環境施設」から始まり、全ての行動をカメラで監視される。時にはグラスを片手にしたレセプションパーティーの一挙手一投足までもが対象となる。すなわち、審査には取り繕うことの出来ない素の自分で臨まなければならない。人間性こそが宇宙飛行士になることへの大切な素養であることを読者に伝える。

 

 この本を読むまで、私は宇宙飛行士とは知力と体力が備わった完璧な人、スーパーマンというイメージだったが、彼らに求められる大切な能力はコミュニケーションや人間性であることを知った。国際宇宙ステーションという、壁一枚のその先には空気のない、死と隣り合わせの閉鎖空間で共同生活を行うので、各人の専門的な能力はもちろんのこと、チーム内におけるリーダー型やフォロワー型など、その貢献度までもが重要な審査対象となる。

 

 私はこのドキュメンタリーを読みながら、担当するアート・デザイン表現学科のグループワーク授業を思い出した。毎年4月に2年生になったばかりのアート・デザイン表現学科の全領域(メディア、ヒーリング、ファッションテキスタイル、アートプロデュース)の学生がグループを作り、杉並区とコラボレーションする授業。それまでの人生で各自がコツコツ絵を描いたり、作品を制作していたのに、いきなりグループワークという未知の世界に放り出される授業。それゆえ、毎年多くの学生が他者とのコミュニケーションを必要とする制作環境に苦労する。それは、きれいな絵が描ける、グラフィックソフトを扱える、プログラミングを組める、とは違った能力を試される授業である。

 

 実際、宇宙飛行士選抜試験にも、最終選考に残った10人を2つのグループに分け、ロボットを制作するという課題が審査される。国際宇宙ステーションで暮らす宇宙飛行士の“心を癒す”ロボットを制作する課題。センサー、モーターなどを含むブロックは小型コンピューターにケーブルでつながり、パソコンソフトからプログラミングを書き込むことが出来る。

 

 12時間という限られた時間でのグループワーク。順調に作業が進むと思いきや、中間発表で審査員から厳しいダメ出しを受ける。これは、あえて受験者に負荷をかけ、そのパニック状態をどう切り抜けるかをみるためのものだ。宇宙空間という限られた空間や資源の中で緊急事態への対応力を審査する。

 

 残り少ない時間の中、最終プレゼンテーションに向けて受験者たちは悩む。未完成の危険はあるものの審査員を要求にこたえるべく、粘るか?もしくはとにかく完成を優先させ、妥協点を見つけるか?リーダーとメンバーが一緒になって方向性を決めていく。このロボットで表現したいコンセプトは?作業の優先順位は?限られた時間の中で決断していく。

 

 ちなみに、女子美客員教授であり宇宙飛行士の先輩である山崎直子先生もこの本に登場する。憧れの人を前にした子供のような振る舞いの受験者の様子が描かれる。しかし、憧れだけで宇宙飛行士にはなれない。生命の危機にさらされる確率も高い職業としてはもちろんのこと、宇宙飛行士として選ばれたとしても宇宙飛行を体験せずに引退する人も少なくない。飛ぶまでに相当な時間を待たなければならない。「宇宙飛行士は待つのが仕事だ」とも言われるそうだ。宇宙飛行士という職業に対する覚悟が一貫して描かれているのもこの本のテーマである。宇宙飛行士選抜試験というのは、JAXAへの転職採用試験であり、宇宙飛行士への就職活動でもあるのだ。

 

 なぜ、女子美生に宇宙飛行士にまつわる本を薦めるのか?それは宇宙飛行士になることと、デザインを生み出すことには実は共通点が多いと感じたからだ。この本は宇宙飛行士選抜試験のドキュメンタリーでありながら、デザイン、ものづくり、クリエイティブ環境で生きていく女子美生にも参考なる話が満載である。そして、美術大学から社会に飛び立ち、働くとは何かを考えるときにヒントとなる一冊と言える。

 

 

2018年7月30日

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


摘読録――My favorite words 第15回

女子美術大学 名誉教授 北澤憲昭

 

いまは、おまえが持っていないもののことなんか考えてるときじゃない。ここにあるもので出来ることを考えろ。
――アーネスト・ヘミングウェイ『老人と海』(1952)

 

※ 『老人と海』の一節だ。悪戦苦闘の果てに釣り上げた巨大なマカジキを、老人は舷側にくくりつけ、港へと引き返す。しかし、しばらく行ったところで、獲物の血を嗅ぎつけた鮫が襲いかかってくる。老人はナイフで必死に応戦し、ようやく一匹を仕留めるが、次の鮫が攻撃してくるのは目にみえていた。ナイフの血をぬぐったあと、彼は、砥石を持ってくればよかったと思う。そして、次のように自分に言い聞かせる。“Now is no time to think of what you do not have. Think of what you can do with that there is. ”☆ いうまでもないことながら、ひとは、与えられた条件のもとでしか行動できない。条件は常に有限である。しかし、その活用法は限界をもたない。すべては知恵しだいだ。嘆いている暇はない。きっと、なんとかなる。きっと、なんとかしてみせる。☆ 締め切りを前に、たじろぐ自分に言い聞かせる、とっておきの言葉だ。

 

2018年6月27日

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


摘読録――My favorite words 第14回

女子美術大学 名誉教授 北澤憲昭

 

ところで、この制度語彙は本書においては広い意味を託されている。法とか政治とか宗教とかいった古典的な制度のみか、技術や生活様式、社会関係、言葉と思想の変遷などに示されるより潜在的な制度も含めるのだ。われわれの研究目的がこうして関連する語彙の生成を過不足なく明らかにしようとするところにある以上、制度語彙とはまさに汲めども尽きぬテーマと言えるだろう。
――エミール・バンヴェニスト/前田耕作監修、鶴岡真弓ほか訳『インド=ヨーロッパ制度語彙集』「序文」より(1969)

 

よく知られているように、1990年代は、日本美術史研究が「制度」論を梃に、みずからを大きく転換させた時代だった。しかし、その起源に、このバンヴェニストの大著があることを知るひとは少ない。上記は、まさにその起源に位置することばである。☆ロラン・バルトは「なぜ私はバンヴェニストが好きか」というエッセイで、この碩学に次のようなオマージュを捧げている。「バンヴェニストは、たえずことばの問題に身を浸しながら、ことばとは無関係だとかことば以前の問題だなどと考えてしまいがちなことすべてを拾いあつめる、というこの決定的なレヴェルでつねにことばをとらえていた。まさにそこに彼の成功があるのだ」(松枝至訳)、と。

 

2017年12月4日
Top