展示期間:2016年12月2日~2017年1月27日
展示場所:相模原図書館 1階
ヨーロッパの稀覯書をADEVA社のファクシミリ普及版で紹介します。
今回展示したシリーズ「Glanzlichter der Buchkunst」は、福音書・時祷書・黙示録・医学書・物語などバラエティに富んだ内容です。
描かれている挿絵や装飾活字が大変美しく見応えがあります。
今回は10~19巻を展示しました。

2016年12月7日
ニュース
展示期間:2016年12月2日~2017年1月27日
展示場所:相模原図書館 1階
ヨーロッパの稀覯書をADEVA社のファクシミリ普及版で紹介します。
今回展示したシリーズ「Glanzlichter der Buchkunst」は、福音書・時祷書・黙示録・医学書・物語などバラエティに富んだ内容です。
描かれている挿絵や装飾活字が大変美しく見応えがあります。
今回は10~19巻を展示しました。

2016年12月7日
展示期間:2016年12月2日~2017年1月27日
展示場所:相模原図書館 1階
マルコ・ポーロが伝えたジパング(日本)のエピソードには、元寇のこととされる事柄が含まれています。
『東方見聞録』(ファクシミリ版)とともに『蒙古襲来絵詞』(図書)を展示し、中世ヨーロッパ人が想像で描いた元寇と鎌倉時代の絵師が描いた元寇の違いを紹介しました。

【図書館員の注目本】
『たまちゃんとあかちゃん』
はじめてあかちゃんと暮らすことになった猫のたまちゃん。優しさが溢れるどいかやさんの絵本です。
『死なないつもり』
横尾忠則さんの最新エッセイ。80歳を迎えた横尾さんが語る創作について、人生について。
『「里山」を宮崎駿で読み直す』
宮崎駿監督の『風の谷のナウシカ』、そして日本を舞台にした『となりのトトロ』、『もののけ姫』、『崖の上のポニョ』から日本の里山、里海について考えます。
『創造元年1968』
小説家・批評家である笠井潔さんと映画監督・演出家の押井守さんが二人のルーツのなった1968年について徹底的に語ります!
『つくって楽しむわら工芸』
数あるワラの工芸品の中から生活用具、飾り物、縁起物など16種のつくり方を難易度別に紹介。下処理からオールカラーで解説され、わかりやすい一冊になっています!
その他全25冊。
詳細検索で「新着〇日以内」と入力すれば一覧がご覧いただけます。
http://lib.joshibi.ac.jp/mylimedio/search/search-input.do?mode=comp&nqid=1
2号館1階ロビーのガラスケース内で展示中の新着図書も貸出可能です。
気になる本がありましたら、カウンターまでお越しください。

2016年12月7日
2016年度企画展示第5弾「シーボルト・コレクション『日本植物図譜』」展示中です。
展示期間:2016年12月5日~2017年1月27日
展示場所:杉並図書館(2号館・地下1階)


この機会に是非図書館に足をお運びください。
2016年12月5日
【書評に取り上げられた本】
『新怖い絵』
〈読売新聞(2016/11/7)〉
中野京子さんの「怖い絵」シリーズの4冊目。カーロ、ミレー、フラゴナールの絵画に迫ります!
『文明開化がやって来た』
〈毎日新聞(2016/11/27)〉
明治時代の新聞の挿絵から見えてくる文明開化。「散切り頭」や「」シャツを着た書生」など、当時の日本人の生活の様子や関心事が伝わってきます。
『これはすいへいせん』
〈産経新聞(2016/11/13)〉
谷川俊太郎さんの文と亀山達矢さんと中川敦子さんのユニット「tupera tupera」の絵でおくる絵本。絵と文章のレイアウトも面白い一冊です。
書評(新聞)は関連リンクからご覧いただけます。
【図書館員の注目本】
『美人画づくし』
女子美OGの丁子紅子さん、寒河江智果さんの作品も掲載されています。現代の美人画づくしです!
『デトロイト美術館の奇跡』
美術にまつわる小説を数多く発表している原田マハさんの著作。現在、上野の森美術館で「デトロイト美術館展」が開催中!
『ぐでたま理論』
「競争社会で生きるのをあきらめ、ぐでぐでやる気のないたまご」のセオリーとはいかに!?
その他全26冊。
詳細検索で「新着〇日以内」と入力すれば一覧がご覧いただけます。
http://lib.joshibi.ac.jp/mylimedio/search/search-input.do?mode=comp&nqid=1
2号館1階ロビーのガラスケース内で展示中の新着図書も貸出可能です。
気になる本がありましたら、カウンターまでお越しください。

2016年11月30日
大学院美術研究科デザイン専攻 非常勤講師 (音楽文化学)
石井 拓洋
各自が関わる分野について、大学では、たとえば、大きく二つの側面を学ぶ必要があると考えることもできそうです。一つは、専門として選んだ領域をより深く詳細に学ぶこと、そして、もう一つは、学びにおいて得られた事柄の全体を学術的にまとめるための視点、いわゆる、「研究的視点」の存在を学ぶことです。これらは、車の両輪であり、双方の学びが重要なことは言うまでもありませんが、ここでは、とくに後者に焦点をあてて述べたいと思います。
まず、前者の学びとしては、たとえば、藝術創作研究の分野であれば、表現の具現に関わる具体的な技法や素材のこと、そして作家や様式のこと、あるいは、それらの最新動向などがあげられるかもしれません。それらの知見や技術は、学生のみなさんにとって、まさに日々の課題提出や作品の成否に関わるものであり、その時々の問題意識に直結する有益なトピックであると思われます。したがって、みずから必要な資料や情報をたゆまず探しつづけ、それを摂取、消化しながら、日々、各自の問題意識において、有益なデータが大量に蒐集・蓄積していくことでしょう。また、むしろ、大学卒業後にこそ、職業をつうじて、真に専門的な具体的知見や技術を、いよいよ体得することができると言うべきかもしれません。
一方、後者の学びが対象とするのが、いくつかある「研究的視点」です。ここでは藝術領域を含む人文社会科学分野に話を絞りますが、ここでいう「視点」とは、すなわち、先人たちの精緻な思考から導かれた、世界や物事に対する現実性を伴った大局的な「見方」(みかた) です。いくつかの、このような「視点」の存在を知り、理解し、そしてそれらを適宜参照することによって、わたしたちは、前者の学びによって蒐集・蓄積された多様にして膨大なる情報をまえにして、それを考察し、解釈するための意義ある発想や方途を見いだすことができ、それを通して、最終的に一つの学術的成果物にまとめることができます。多少の気恥ずかしさをよそに、ここで、これら「視点」の基礎的なものを列挙するならば、たとえば、それは「記号論」をはじめとする「言語論的転回」を経過した視点であり、様々な「批評理論」を踏襲した視点であり、あるいは、「イデオロギー論」のような権力と社会に関わる視点であり、つまるところ、二〇世紀の知の蓄積を理論的根拠とする「関係論」的な視点があげられると思います。
この後者の学びの道程は、しかし、簡単ではありません。なぜなら、それらの「視点」が、才気溢れた先人たちの精緻な思考から導出されたものであるだけに、大抵は、初学者が通常に発想しうる範囲や日常慣習の範囲を優にこえる次元にまで議論がおよぶからです。たとえば、かつて、誰もが「地動説」を想像だにしなかったように、まさに本当の意味で「新しい」ことであれば、そのような事柄や概念を、わたしたちは、もとより想起すらできないでしょう。自らのうちに、そもそも存在しない概念を独学で学ぶことはできません。独学には、つねに既知領域の再確認に留まるおそれがあることに留意すべきです。したがって、後者を豊かに学ぶには、通常、単独では困難と言わざるを得ず、やはり学識ある先達の支援が不可欠となります。さらに、そのような「新しさ」は、反面、常に空論となる危険性を孕んでいるために、大学以外の多くの場、とくに、経済性こそを追究すべき局面では、およそこのような、一面で悠長なる議論にかかずらうほどの余地はないと考えられます。つまり、大学卒業後、それは、とくに触れにくい側面となることでしょう。これらを勘案すると、後者の学びは、大学という場でこそ学びうる事柄と言えそうです。
後者の学び、つまり、いくつかの「研究的視点」の理解から得られるものは、学術研究以外でも実に多く、たとえば、私たちの社会での営みの限界を自覚させるとともに、そのことで、かえって、世界への態度をより自由で新鮮なものにしてくれます。そもそも、私たちの世界の見方はどれほど自由なのでしょうか。思想家ルイ・アルチュセールによれば、私たちの視点のうちには、学校、文化施設、メディアなどを通して、すでにたっぷりと体制維持に資する思想風潮(=イデオロギー)が、思考にも身体にも、無意識のうちに刷り込まれているといいます。つまり、私たちが、いわゆる「普通」や「良心的」、あるいは「かっこいい」、「かわいい」と思える価値観や物の見方は、その時々に勢力ある多数派を支える方向へと無意に偏向している可能がかなり高く、その場合、周囲とは、多少、物の見方が変わっているとか、新しいなどといったとしても、所詮は、その大勢的イデオロギー内に事前に用意された安全なる許容範囲を漂っているにすぎません。一方、そのとき、意義ある「研究的視点」を用いるならば、すくなくとも、そのようなイデオロギーの「相対化」を助けてくれることでしょう。つまり、まるで「空気」のように自らを取り巻く、その見えにくいイデオロギーの存在を、まずは意識させ、たとえ、そこから逸脱することはほぼ困難であったとしても、すくなくとも、そのイデオロギーが唯一絶対ではないものとして批判的に検討する術、そして、それにともなう開放感を与えてくれるということです。
それが「相対化」できないことで何よりも問題となるのは、みずからの営為に潜む限界や惰性、そして不自由、それ自体が、もはや認識すらされないことでしょう。すなわち、前者の学びを通して、どれほど意欲のある人が、いかに精力的に情報を蒐集したとしても、あるいはまた、蒐集した情報が、本来、どれほど価値を持つものであったとしても、もし、その情報の蓄積に対して見とおす時に用いる最後の「視点」が陳腐ならば、つねに結果もそうならざるをえず、もっとも問題なのが、かかる陳腐さすら認識できないということです。
これは学術研究のみならず、創作研究であっても、けっして、例外ではありえません。作品をまとめあげるときの拠り所となる、各自の「美的なもの」もまた、ここでいう「研究的視点」の場合と同様でしょう。そこにおいて、もし、「後者の学び」に意識的でなければ、その「美」は容易にイデオロギーに取り込まれ、事前に想定されたその範囲内で安全に漂っているにすぎず、さらに、そのような限界すら、すでに認識できない隘路に陥っている可能性も高いと言わねばなりません。人間にとって、「美」だけは、この世のすべてを超越するという合理的理由を見いだすことは、どうも、今のわたしには困難に思えるからです。
さて、このたび、本学附属図書館企画の「*RECOMMENDATION オススメ本の紹介」において、わたしは、五冊の書籍を推薦しました ( 二〇一六年十一月頃 )。これらは、すべて、ここでの「後者の学び」、つまり、「研究的視点」に資するものを意図して選んだものです。先にふれたアルチュセールのほか、ロラン・バルト、池上嘉彦、松宮秀治、そして、フレドリック・ジェイムソンといった、いずれも一筋縄ではいかない「視点」をもつ、卓越した識者たちによる名著です。これらを紐解くならば、慣習的思考の転換をうながす何かに出会うことは間違えありません。けっして、「三日でわかる」ようなものではなく、面白おかしいものでもありません。しかし、およそ、わたしたちが生きている間くらいは、古くなりえない、或る確かさを得ることになるでしょう。「前者の学び」とともに、大学という場でこそ、ぜひ、このような「視点」にふれ、そして、卒業前に学んで欲しいと願っています。
*註(図書館):「RECOMMENDATION オススメ本の紹介」で推薦された五冊
「物語の構造分析」
「記号論への招待」
2016年11月30日芸術表象専攻/芸術文化専攻 教授 北澤憲昭
全体を覆った砂を払いのけてみると緑色が現れた。ガラスだった。不透明と言っても差し支えないほど濃い緑色をしていた。(中略)それはただガラスであるというよりほかないものだった。しかし、それは同時に高価な石であるとも言えた。
――ヴァージニア・ウルフ/西崎憲訳「堅固な対象」(1918)
原題は“Solid objects”。複数形が用いられていることからもわかるように、この小説に登場するオブジェはガラス片だけではない。砂のなかから宝石のようなsea glassを拾い上げたのがきっかけとなって、有能な青年政治家であるジョンは、磁器、琥珀、大理石、化石、鉄など、さまざまなマテリアルの断片的オブジェを蒐集しはじめ、ついには蒐集癖が昂じて政治家としての地位を失うまでに至る。
ウルフの短編中、最高の傑作と評されるこの小説は、人間の生においてオブジェがもつ呪的な力を描いた作品として読むことができる。solidというのは、生の曖昧さに対置される在り方であり、それゆえ、生の有りようを相対化せずにはおかない。呪符は、曖昧な生を相対化し、身の上に根底的な変化をもたらすことによって、それを手にした者の生をまもるのだ。
ジョンが、手にしたガラス片を、ためらいつつポケットにすべりこませる場面において、ウルフは、道に散らばる小石のひとつを子どもが拾い上げるときの衝動を引き合いにだしている。そして、ジョンの独白。
拾われたのは私なのだ、この私、私。
オブジェは書物のなかにも見いだされる。それは「引用句[クオート]」と呼ばれ、ほんらいの文脈から切り離して取り上げられる。すなわち、さまざまな文脈へ向けて解き放たれる。
これからしばらくのあいだ「摘読録」という名のもとに、愛蔵の書物のなかから、sea glassのようにsolidでうつくしい言葉の断片たちを拾い上げて提示してゆきたいと思う。とはいえ、けっして引用句辞典のような気の利いたものをめざしているわけではない。めざすところは、いうなればファウンド・オブジェの標本箱のようなものにすぎない。
2024年1月16日改稿
神奈川芸術文化財団/女子美術大学非常勤講師
中野仁詞
「折々のうた」は、1979年1月25日から2007年3月31日にかけて、朝日新聞の朝刊第1面にて連載され、短歌、俳句、漢詩、川柳、近現代詩、歌謡のなかから、毎日1つをとりあげ、それを解説する詩人大岡信先生によるコラムだ。
2003年、筆者は当時、横浜市西区の紅葉坂を登りきった場所にある神奈川県立音楽堂(設計は前川国男、管理運営は神奈川芸術文化財団)に勤務し、主に現代音楽や創作舞台の制作をしていた。そんな時、大岡信先生とお仕事をさせていただける機会に恵まれた。翌2004年は、音楽堂開館50周年の記念年である。そこで、作曲家團伊玖磨氏の後継として神奈川芸術文化財団芸術総監督に就任したばかりの作曲家でピアニストの一柳慧氏に自らの企画を恐る恐る渡してみた。内容は、創作現代能である。演出は、観世流シテ方能楽師観世榮夫氏、舞台上には書家井上有一氏(1985年没)の一字書(大型の画面に一文字のみ描かれる書)を取り入れたいというものであった。一柳氏は、直ぐにこれを実施すべく準備をするようにと指示を出してくれた。
この作品には台本が必要であるという一柳氏の判断から、台本作者は大岡信先生が最適であると、先生を紹介してくれた。大岡先生と一柳氏は1988年に初演された交響曲《ベルリン連詩》で共同制作して以来の長い付き合いである。
日本の伝統芸能である能を現代的表現として捉え直し、いかに実験的な刺激を創り出し鑑賞者に投げかけ、そして問いかけができるか、様々な要素が絡みあう打ち合わせが、大岡先生、観世氏、一柳氏と幾度も行われた。打ち合わせの前に、「今日は1週間分の折々のうたの原稿を朝日新聞にだしてきたよ」など、大岡先生がにこやかに笑いながら語られる姿を今でも覚えている。
最終的に決まった企画は、一人の美しい娘に二人の男が求愛するストーリーの世阿弥の曲《求塚》を大岡先生が新作台本として書き下ろし、舞台上に展示する井上有一氏の作品も娘を表わす1点の《鳥》を二人の男の心情《愛》2点と決まった。舞台では、演出の観世氏が二役の娘を自ら演じ、作曲の一柳氏が自らピアノを演奏し、狂言の野村万作氏などのベテランが揃った豪華な舞台となった。公演のタイトルは、《音楽詩劇 生田川物語−能「求塚」にもとづく》である。(2004年8月8日初演、神奈川県立音楽堂)
しかし、上演に至るまで大岡先生の台本が相当遅れたという苦いこともあった。それは、台本をお願いした直後、文化勲章を受章されたのだ。取材やお正月に皇居で開催される「歌会始の儀」への招待など受章後、とても多忙だったためである。台本がないと、出演者の選定やスケジュール押さえができず、筆者は、はらはら、そして悶々とした毎日を送っていたが、本番から約5ヶ月前にようやく完成原稿を受け取った際の嬉しさは今でも忘れることができない。
初演に向けて、制作や広報を進めるなかテレビ朝日の「徹子の部屋」という番組で大岡信先生を紹介していただけることになった。収録の日は、ハイヤーが先生のご自宅まで迎えに来てスタジオまで送ってくれた。その日は、終日ハイヤーを使えるとのことで、大岡先生に収録後お食事でもいかがでしょうか、と伺ってみた。30代前半の筆者と大学を出たばかりのアシスタントと3名の宴である。大岡先生は、なんの躊躇もなく快諾してくれた。その晩は、筆者の父の親友が築地で営んでいる小料理屋にお連れした。
これまでの大岡先生と親交があった著名人とのお話や、「折々のうた」の膨大な連載についていろいろなお話を伺った。今でもはっきり覚えている大岡先生の一言は、「中野くん、自分に才能があるとはあまり思っていないんだよ。ただこれまでいろいろな人と会い、場数を踏んだことは確かだね」と。
われわれのような若い者と膝を突き合わせながら3時間以上お付き合いしていただいた先生との経験から、世間的(一般的)に「偉い」と言われる方は、人を上にも下にもみないのだ、と感じた一夜だった。
短歌や俳句など様々な人の言葉の表現を、ご自身の解釈でもう一度、読み捉え返す「折々のうた」。この日々の創造が、大岡信先生のお人柄に結びついているのだ。
2016年11月27日
【図書館員の注目本】
『ぼくたちが越してきた日からそいつはそこにいた』
文:ローダ・レヴィーン 絵:エドワード・ゴーリーによる絵本。モノクロームの作風が印象的なゴーリーですが、今作はセピア風のどこか懐かしいイラストになっています。何かを待ち続けている「そいつ」と、何を待っているのかを考え続ける「ぼく」。いつか、「そいつ」の待っているものが見つかる日がくることを祈って…。
『和食の英語表現事典』
炊き込みご飯、奈良漬、みたらし団子、草餅、精進料理。日本人にとっては馴染み深い料理たちですが、「英語で説明してください」と言われたらどうしますか?英語での例文だけでなく、食文化としての歴史や周辺の豆知識も収録されており、読み物として楽しめる1冊です。
『Kata 形見一郎のデザイン 1996-2016』
2015年に亡くなった店舗デザインを中心としたトータルインテリアデザイナー 形見一郎さんの作品集。主観ではありますが、この本にも収録されている六本木国立新美術館のミュージアムショップ「SOUVENIR FROM TOKYO」は、その空間にいるだけでわくわくするようなとても素敵なお店になっています。
他全70冊。
詳細検索で「新着〇日以内」と入力すれば一覧がご覧いただけます。
http://lib.joshibi.ac.jp/mylimedio/search/search-input.do?mode=comp&nqid=1


2016年11月26日
【図書館員の注目本】
『漱石の愛した絵はがき』
2016年の死没後100年と2017年の生誕150年を記念し,今また注目されている漱石。手紙は処分していたそうですが、絵はがきは大切に手元に残していました。漱石の人柄と交友がしのばれます。
『Feel the”afternoon breeze”』
ランドスケープ クリエイション3冊目。風景を切り取る情景模型の達人が作り出すオールドアメリカンの世界に触れてください。
『ぼくはちっともねむくない』
アイルランド生まれで世界を旅する作家、クリス・ホートンの絵本です。宇宙を感じさせてくれるデザイン、グラフィックがうつくしい静かな森の絵本です。
『絵とき日本美術』
日本の絵師・名画たちをポップなイラストと楽しくわかりやすい解説で紹介。もう一度日本美術を復習したい人にもおススメです!
『日本のブックカバー』
書店で本を購入するとつけてくれるブックカバー。そんなブックカバーのディープ?な世界を見ることができます。魅力的で多種多様なデザインに惹きつけられます!
『ゴッホの地図帖』
ゴッホの足跡を当時の写真やゴッホの絵を交えながら追っていきます。只今、東京都美術館で「ゴッホとゴーギャン展」が開催中!本書を携えて観に行っても楽しいかも!
その他全26冊。
詳細検索で「新着〇日以内」と入力すれば一覧がご覧いただけます。
http://lib.joshibi.ac.jp/mylimedio/search/search-input.do?mode=comp&nqid=1

2016年11月24日