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NEW BOOKS 新着情報杉 並


11/12 新着図書

【図書館員の注目本】

 

『Mamma Andersson : memory banks』

スウェーデン出身のアーティスト、マンマ・アンダーソンの作品集。室内空間を描いた作品は19世紀末欧州の作風を思わせるが、マチエルは独特で新鮮。イメージの元となる写真や切り抜きが貼られたアトリエ写真も興味深い。

 

『Kiki Smith

アメリカのアーティスト、キキ・スミスが、モネ・ド・パリで個展をした際のカタログ。身体や神話、動物と女性をテーマしたブロンズ、絵などの作品はミステリアスで不思議な魅力が。解説も充実の1冊。

 

『Collab : Sneakers X culture』

スニーカーファン必見!CHANEL×Reebok、YOHJI YAMAMATO×adidasなど、コラボモデルばかり集めた写真集です。今となっては貴重なものがたくさん。栞がスニーカーの紐なのも素敵!

 

『Ugo Rondinone : kiss now kill later』

日本国内のトリエンナーレでも注目される、ウーゴ・ロンディノーネの風景画にフォーカスした作品集。モノクロームの大きな森の絵は、作品の向こう側に吸い込まれそう。展示空間を大きく捉えた写真も面白い。

 

『Gielijn Escher : Living for posters』

オランダの有名なポスターデザイナーであり、コレクターでもあるフィレイン・エッシャーの仕事を紹介する1冊。どのポスターも色使い、バランスが秀逸で、配色の参考にもオススメ。

 

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その他全25冊、ぜひご利用ください。

展示中の新刊図書は、2号館1階ロビーのガラスケース内 / カウンター前ともに貸出可能です。気になる本がありましたら、カウンターまでお越しください。

 

https://lib.joshibi.ac.jp/opac/category/1/1

 

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※入構されない本学在籍学生、 研究生・科目等履修生 、教職員の皆さまは、引き続き郵送貸出サービスをご利用いただけます。

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2020年11月12日

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


摘読録――My favorite words 第33回

女子美術大学 名誉教授 北澤憲昭

  

活動しゃしんで運動を見る方法がつまり学問の方法だろう。無限の連続を有限のコマにかたづけてしまう。しかし、絵かきはもっと他の方法で運動をあらわしている。

――朝永振一郎「滞独日記(一九三八年四月七日-一九四〇年九月八日)」より

  

「活動しゃしん」すなわち映画は運動する被写体を1秒24コマに収めることで、運動にまつわる自然な視覚像を再現する。いってみれば運動に似た状態を知覚にもたらすわけだ。DVDの場合は、コマ数がもっと多いが持続する運動を間断なく捉えうるわけではない。いってみれば近似解であって、正解ではない。とはいえ、しぜんな知覚を得ることが目的ならば、それで充分といえる。だが、充分であるとして、それは決して正解ではない。ここに引いた朝永振一郎の日記の一節はそんな循環のなかに思考が入り込む瞬間を思わせる。学問[サイエンス]におけるクリエイティヴなゆらぎ[、、、]といってもいい。

  

画家が運動をあらわす「他の方法」とは、いったい、どのようなものだろうか。アルベルティは、透視図法の説明において視覚のピラミッドを想定しつつ、その頂点は両眼の奥にあると述べているが、この頂点は両眼視差をやりくりする脳内情報処理によって見いだされる。透視図法は無限の均質空間を前提とする点において学問[サイエンス]に近いものの、両眼視差のやりくりは個別的な過程であり、その個別性に画面のリアリティが胚胎される。

  

しかも、視差のやりくりには身体の次元もかかわってくる。両眼は身体に埋め込まれているのだから当然のはなしだが、事柄の焦点は、身体が絶え間なく運動しているという事実だ。透視図法は、この事実を切り捨てることで初めてなりたつのであり、それゆえ、じっさいの視覚を正解とすれば、その近似解でしかありえない。生きている身体は絶えざる運動のなかにある。

  

ターナーが《吹雪――港の沖合の蒸気船》(1842)を描くにあたって、嵐の海に乗り出した船の帆柱に身体を縛り付けて4時間を過ごしたという逸話は、まさに、相関する身体と眼の事情を伝えている。身体の動きを、そして海や大気の動きを、ふたつながら宿すヴィジョンを、ターナーは得ようとしたのである。王立美術院展に出品されたときのこの絵の正式なタイトルには「作者は、エーリエル号がハリッジを出港した夜のこの嵐のなかにいた The Author was in this Storm on the Night the “Ariel” left Harwich」としるされていた。

  

  

しかし、もちろん、揺れ動くヴィジョンを静止した画面にそのままもたらすことなどできはしない。では、どうすればよいのか。たとえば、ジョワシャン・ガスケがしるしとめた次のようなセザンヌのことばは、このアポリアを乗り越えるヒントを与えてくれる。山梨俊夫の訳から引く。 

  

感覚は、充実しているとき、存在全体と一致する。世界のめまぐるしい運動は、頭脳の奥で、眼、耳、口、鼻が、それぞれ固有の情熱をもって感じ取る同じ運動のうちに溶けていく・・・・・。

  

このことばは、ターナーが吹雪の絵のタイトルで、みずからを画家ではなくThe Authorと称していることに思いを差し向けずにはいない。彼はヴィジョンを提示しつつ、五官が伝える海と身体の「めまぐるしい運動」を「頭脳の奥」を経て記述しようとしたのだ。古代の歴史叙述が重視したヴィヴィッドな実体験の叙述、すなわち「エクフラシスekphrasis」の精神である。

  

  

科学と芸術の浅からぬ因縁に思いを誘う朝永振一郎のことばを教えてくれたのは、高野文子の『ドミトリーともきんす』という本だった。若い科学者たちの宿舎[ドミトリー]を舞台とする科学読み物である。住人は牧野富太郎、中谷宇吉郎、湯川秀樹、そして朝永振一郎。みごとにキャラクター化された若き日の四人の日常がコマ割り漫画スタイルで描かれ、そこに、それぞれの著作から引いたことばと短い解説が添えられている。

  

高野は、たとえば『黄色い本――ジャック・チボーという名の友人』にみられるような抒情的な線を抑えて、ここでは科学の解説書のイラストを思わせる硬質な描画を試みている。高野は「あとがき」にこう書いている。「わたしが漫画を描くときには、/まず、自分の気持ちが一番にありました。/今回は、それを見えないところに仕舞いました」、と。

  

「いずれにしても、詩と科学とは同じ場所から出発したばかりではなく、行きつく先も同じなのではなかろうか」(「詩と科学――子どもたちのために」)という一行を含む湯川秀樹のことばで締めくくられている本書は、クールな詩情によって自然科学のかわらぬ清新な魅力にあらためて気づかせてくれる。地味ながら心に残る素敵な本だ。

  

  

2020年11月6日

NEW BOOKS 新着情報杉 並


11/5 新着図書

【書評に取り上げられた本】

 

『美術展の不都合な真実 (新潮新書:861)』

「○○美術館展」の秘密に、入場料の内訳…新聞社で展覧会企画に携わっていた著者が展覧会の裏側を書く。

 

『美術館って、おもしろい! : 展覧会のつくりかた、働く人たち、美術館の歴史、裏も表もすべてわかる本

美術館のあれこれを楽しい絵でわかりやすく解説。展示準備中のページを広げると、オープンした会場の様子が描かれるなど、この自体がアートな1冊。

 

『モード後の世界』

ユナイテッドアローズの創始者の1人である著者が、社会潮流の読み方、おしゃれ考、ファッションが向かう未来について語る。

 

【図書館員の注目本】

 

『ぐっとくる仏像ご当地仏真正面! (エイムック:4650)』

みうらじゅんが選んだ“ぐっとくる”地方仏の正面写真を集めた1冊。巻末には掲載された仏像のある寺院別早見表付きで、仏像ファン必見です!

 

『トラといっしょに』

術館で見たルソーのトラの絵が気になったトムは、うちに帰るとトラの絵を描きます。その夜トムの部屋にトラが現れて…。色鉛筆の柔らかい風合いの絵がとにかく美しい、ファンタジックな絵本です。

 

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2020年11月5日

NEWS 図書館からのお知らせ杉 並


杉並図書館員推薦図書コーナー 11月

杉並図書館員推薦図書コーナーを入れ替えました。

展示されている本は貸出可能です。詳細はDVD架横の杉並図書館員推薦図書コーナーをご覧下さい。

全6冊です。

 

〈女子美客員教授いせひでこ先生の著作〉

『タブローの向こうへ : 旅する絵描き』

 

〈女子美OG/特別招聘教授コンドウアキ先生の著作〉

『リラックマ大図鑑 : リラックマ検定公式ガイドブック』

 

〈女子美OG高橋みどりさんの著作〉

『おいしい時間』

 

〈女子美関連の本〉

『仕事場訪問』

 

 

『遊び心のあるデザイン : 視線を勝ち取る「ウィット」なアイデア』

 

『北欧ヴィンテージ雑貨を探す旅 』

 

 

 

2020年11月4日

NEW BOOKS 新着情報杉 並


10/29 新着図書

【女子美OGの本】

 

『大人の恋愛ライフ』

パリ流衣食住について執筆してきた女子美OG米澤よう子さんの、パリ流恋活ハウツー本。恋をする前の心構えから、服装、出会いまで、リアルな大人の恋愛活動を提案。

 

【書評に取り上げられた本】

 

『変われ! 東京 : 自由で、ゆるくて、閉じない都市』

大都市東京はどう変わっていくのか、変わるべきなのか。建築家・隈研吾とジャーナリスト・清野由美が語る都市論。

 

『欲が出ました』

人気絵本作家・ヨシタケシンスケのエッセイ集第2弾。日常出てくるさまざまな「欲」をゆるくてかわいいイラストとともにまとめています。

 

【図書館員の注目本】

 

『森、湖、空の生き物 (ハリー・ポッター映画大図鑑:第1巻)』

映画「ハリー・ポッター」に登場する生き物や場所をテーマごとにまとめた図鑑。1巻は森や湖の生き物について。アラゴグやバックビークなどの詳しい情報が満載。第8巻まで所蔵中。

 

『4さいのこどもって、なにがすき?』

かけっこ、ストローで飲むジュースに、変な顔、、小さい子のささやかな好きなことを描いた、素朴でどこか懐かしい風合いの絵本。私もこれ好き!と共感する子も多いはず。

 

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その他全31冊、ぜひご利用ください。

 

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2020年10月28日

NEW BOOKS 新着情報相模原


10/21  新着図書

【女子美OGの本】

『芥川家の猫たち』
芥川 耿子 文 / 芥川 奈於 絵
春陽堂書店
女子美OGの芥川耿子さんと芥川奈於さん両名による、猫たちとのほのぼの日常エッセイ。かわいらしいカラーイラストとあたたかみのある文に猫好きゴコロがくすぐられます。


【図書館員の注目本】

『21世紀の新しい職業図鑑』
武井 一巳 著 / 秀和システム
「10年前にはなかった!」AI時代を迎える現代では新しい職業が次々に誕生しています。各職業を「職業適性」と「仕事指数」の2つのチャートで分かりやすく紹介。 


『はじめてでもわかる!イラストでお金を生み出す秘訣』
虎硬 著 / KADOKAWA
イラストレーターでもある著者によるQ&A形式で、イラストでお金を稼ぐには?という気になる疑問をズバリお答えします!


『ディック・ブルーナ : “ミッフィー”を生んだ絵本作家』
ブルース・イングマン, ラモーナ・レイヒル著 北川玲訳
河出書房新社
生涯で創作した絵本は124冊、うちミッフィーの絵本32冊は50か国以上に翻訳され、世界中に愛されるディック・ブルーナ。どのように彼が生き、ミッフイーを生み出したのか。未公開資料と合わせてブルーナ自身の人生を見つめます。

こちらもおススメ→『ミッフィー展 : 誕生65周年記念』



他全43冊

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2020年10月21日

NEW BOOKS 新着情報杉 並


10/21 新着図書

【女子美OGの本】

 

『きみにありがとうのおくりもの』

女子美OG宮野聡子さんの絵本。仲良く暮らすこりすとくま。ある日ふたりは互いのおかげで幸せに暮らせていることに気づきます。感謝と思いやりの大切さに触れる絵本です。

 

『きりばあちゃんのともだち』

女子美OGなかやみわさんの絵本。年をとり切り株になったきりばあちゃん。遠くの街は見えなくなりますが、新しい世界、新しい出会いが始まります。

 

【書評に取り上げられた本】

 

『アフリカ出身サコ学長、日本を語る』

マリ共和国出身で、京都精華大学長になったウビス・サコ氏の自伝。自身の境遇や経験から、日本や日本の教育について感じたことが綴られています。

 

『うつわ使いがもっと楽しくなる本。 : 選ぶ。そろえる。合わせる。』

素材や形、メンテナンスなどの基本情報から、配膳の際の組み合わせ方、作家さんの作品紹介にコーディデの紹介まで、うつわ使いのすべてがギュッと詰まった1冊。

 

 

『東京、コロナ禍。』

写真家・初沢亜利の捉えたコロナ禍の東京。マスクをしたペコちゃんの後ろで働く外国人労働者を捉えた写真など、単なる記録にとどまらず考えさせられる1冊。

 

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2020年10月21日

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


摘読録――My favorite words 第32回

女子美術大学 名誉教授 北澤憲昭

 

幅のひろい水によって大陸から隔てられ、尊大な気分によって僚友たちから隔てられたまま、彼は、極度に分離した、連絡のない姿となって、髪をひらめかせながら、ずっと向こうの海のなかを、風のなかを、霧のごとく無際限なものの前をそぞろ歩いていた。

 ――トーマス・マン/実吉倢郎訳『ヴェニスに死す』(岩波文庫、2000)

 

すでに富と栄誉を手にした初老の作家グスタアフ・アッシェンバッハを旅へと駆り立てたのは「内心の空洞と生物学的な衰微」であった。「内心の空洞と生物学的な衰微」というのはアッシェンバッハが描き出す人間像にかんする評言だが、思うに、これはアッシェンバッハ自身にも当てはまる。年齢をかさねるにつれ、この作家の作風は奔放性や新味のある陰翳を欠くようになり、硬質な定型性を帯びるようにさえなっていたからだ。「生物学的な衰微」を克服し「内心の空洞」を生気で満たすために、とりあえず遠国の空気につつまれて怠惰な「即興的生活」を送ることが――優雅な無為が――必要だと彼は考えたのである。この心的「空洞」と生物的「衰微」が出現させるモアレの変幻として、あるいは、心身における凋落と賦活のアイロニカルな矛盾として、この小説は展開してゆく。

 

心身を恢復させる「即興的生活」を求めて訪れたヴェニスで、作家は小説のタイトルにあるように「生物学的な衰微」の極に立ち至ることになるのだが、衰微の兆は早くも小説の冒頭に見いだされる。真新しい十字架や墓碑の並ぶ石工場の柵に沿って、アッシェンバッハが五月のミュンヘンを散歩しているところから、この小説は始まるのだ。そればかりではない。彼の旅心を誘ったのは、散歩の途中、夕日に照らされる斎場で目にした不思議な異国風の男の姿だった。

 

旅の行き先をヴェニスに選んだことにも衰微の徴候が見いだされる。かつて同じ季節に訪れたヴェニスで彼は健康を害したことがあるのだ。潟[ラグーナ]の腐臭を運ぶ湿った熱風[シロッコ]に体調を崩したのである。それにもかかわらず、アッシェンバッハがヴェニスを滞在先に選んだことには、この初老の小説家の無意識の傾斜が示されている。彼は執筆のために肉体的な基盤を整えようと意図しながら、それと矛盾する行動をとっている。すなわち、生の充実を求めつつ、彼は「死の欲動[タナトス]」に駆り立てられていた。あるいは、逃避的に「死の欲動[タナトス]」に心身をゆだねようとしていた。

 

船路[ふなじ]でヴェニスに着いた作家は、ゴンドラと小型蒸気船[ヴァポレット]を乗り継いでリド島のホテルに向かうつもりであったが、差し出がましい船頭[ゴンドリエーレ]によって、ゴンドラに身を託したまま目的地まで運ばれてゆくことになる。「ほかのあらゆるものの中で棺だけが似ているほど、一種異様に黒い、このふしぎな乗物」に揺られて作家は死地へと導かれてゆくのだ。ゴンドラが棺であるならば、船頭[ゴンドリエーレ]は、さしずめ冥府の渡し守カロンというところだろう。

 

 

ホテルに落ち着いたアッシェンバッハは、やがてホテルの泊り客のなかに端正な顔立ちの少年を見いだし、たちまち心を奪われる。ロビーで、食堂で、エレヴェイターのなかで、ホテルの宿泊客専用の渚で、彼は少年を見る。その姿を追い求める。作家は、タッジオという名のそのポーランド人少年を古代ギリシャ彫刻になぞらえ、あるいは、生きている古代ギリシャ彫刻と見なして嘆賞する。彼は、純粋に完成された形式が比類のない個性のなかに実現されている姿を、そこに見いだしていたのである。

 

普遍的な形式が個別的な存在として実現するというのは一種の矛盾であり、この矛盾は優れた芸術作品というものの特質といえるのだが、しかし、それはやがて危険な裂け目となってアッシェンバッハを呑み込むことになる。そのように小説は展開してゆく。心を介して生を整え、秩序を与えるはずの形式が、形式それ自体の放つ魅力によって心を捕えることになるのだ。

 

こうして、アッシェンバッハはみずからの外部に、魅惑の源泉として形式を見いだすことになる。それによって生は、みずからを内在的に秩序づける形式から解き放たれることになる。いいかえれば、形式とのあいだに隙間が生じる。このことは作家が、ディオニソスの狂宴の夢を見る場面にはっきりと示されている。ディオニソス的なアモルフな生への渇望に彼を駆り立てたのは、もちろん少年の存在だった。ホテルの宵のテラスでタッジオが彼に微笑みかけたとき、老作家は動揺し、急いでその場をはなれ、おののくようにしてつぶやきを洩らす。Ich liebe dich!、と。

 

陳腐ともいえるこの愛の決まり文句は、空洞を抱え込んだ内心を共鳴胴[サウンド・ボックス]として、作家の満身に響き渡る。この響きの谺のようにタッジオの面影が「内心の空洞」を一挙に充たし、溢れ、内心の形式を見失った初老の作家を呑み込んでゆく。みずからの思いが、品位も威厳もない常套句を介して認識にもたらされたとき、彼は、その認識を梃子として影像へと身をまかせることになる。形式Formと生Lebenの裂け目から出現した面影Bildに呑み込まれてゆく。

 

 

ゲオルク・ジンメルは1916年のエッセイ「文化諸形式の変遷」のなかで、「創造的生はたえず、(中略)固有の存在権をもって生に拮抗するものを生み出す」と指摘し、「生に拮抗するもの」を「形式」の語で言い止めている。その形式は、生のダイナミズムから産出されるのだが、そのダイナミズムゆえに生は形式を喰い破ろうとせずにはいない。こうした矛盾にジンメルは文化の本来的な悲劇性を認める。そして、同時代の芸術を未来派に代表させつつ、このようにいう。酒田健一の訳から引く。

 

生の発現がこの矛盾を避けるためにいわば形式を脱ぎ捨てたあらわな姿でおどり出ようとするとき、そこにあらわれるのはおよそ理解を絶したもの、わけのわからない叫喚であって、明確な発言ではない。そこには統一的な形式が当然はらんでいるあの矛盾や異質なものへの硬化がないかわりに、結局はただ、こなごなに粉砕された形式の破片のカオスがあるばかりである。

 

『ヴェニスに死す』が書かれたのは1913年、ジンメルのエッセイが書かれる3年前のことである。マリネッティの「未来主義創立宣言」の発表が1909年であり、運動体としての未来派はムッソリーニ政権発足後の1920年代半ばまで続くから、この小説は未来派の活動期に執筆されたということになる。つまり、『ヴェニスに死す』のトーマス・マンは、そして、グスタアフ・アッシェンバッハは、未来派が「こなごなに粉砕された形式の破片のカオス」へとなだれ込んでゆく時代のさなかを生きていたのである。日本に目を向ければ、生命主義的な表出を標榜するヒュウザン会(1912、1913年)が開催された頃のことだ。

 

しかしながら、アッシェンバッハは「わけのわからない叫喚」に陥ったわけではない。むしろ、タッジオの姿に触発されて古代ギリシャに心ひかれつつ古典的な形式性に従う文章を書こうと試みている。もとより「死の欲動[タナトス]」突き動かされている彼が、「生に拮抗するもの」を否定するわけがない。だが、彼は、形式の規律に生をゆだねているわけでもない。

 

彼の眼に映し出されるタッジオのうっとりするような姿は、アッシェンバッハが野放図な生と形式の規律との裂け目に活路を見いだしていることを示している。彼は、生の脱形式化がもたらす無秩序を、形式と生の裂け目から出現する影像によって回避しようとしている。作家を捕えている形式それ自体の魅惑とは、タッジオという個的な生においてあらわれた形式の魅惑であり、ここにおいて形式は、生にまつわる影像へと変成せずにはいない。形式的秩序でもなく、アモルフな生でもない影像の次元がそこに現出する。心身における凋落と賦活のアイロニカルな矛盾が、このようにして回避されるのだ。

 

美少年の面影に捕らわれた作家は、ついには、みずからをも面影と化そうとするに至る。ヴェニスへ向かう船で見かけた醜悪な若作りの老人さながらに、アッシェンバッハは理髪店で白髪を染め、化粧を施すことをみずからに許す。不毛な老らくの恋に身を焼かれる作家は、影像という粉飾によって「生物学的な衰微」からの逃避を計るのである。

 

 

そのころ、ヴェニスでは疫病がはびこりはじめていた。しかしながら、流行の事実と、その病名とは、社会経済を慮る当局によって滞在者たちに伏せられていたので――ちなみにいえば、当局による情報隠蔽の動機として「公園に開かれたばかりの絵画展覧会へのおもわく」が挙げられているが、これはヴェネツィア・ビエンナーレのことだろう――ホテルの宿泊客は呑気に日々を過ごしていた。しかし、アッシェンバッハは、理髪店で耳にした噂話と、そこかしこに漂う消毒液の匂に不穏なものを感じ取り、不安の念に駆られる。ドイツ語を耳にする機会が急に減ったことに気づいていた彼は、ドイツの新聞を丹念に読み、だいたいの状況をつかむ。そこには他国の新聞には見られない疫病関連情報が不確定ながら見いだされた。その後、彼はイギリスの旅行社で疫病にかんする詳細な情報を得ることになる。

 

蔓延しつつある疫病の名はコレラ、20世紀初頭のことゆえその致死率は8割、「けいれんとかすれた悲鳴のうちに、ちっそくしてしまう」悲惨なケースと、 「軽い不快ののちに、ふかい失神の形」で死に至るしあわせなケースとがあると小説には書かれている。疫病について、あらいざらい話し終えた旅行社の職員は、アッシェンバッハに今日にでもヴェニスを立つことを勧めた。

 

だが、作家は、さながらストーカーのごとくタッジオの家族たちをつけまわして、石炭酸の匂がたちこめるヴェニスの街をさまよいつづける。さまよいながら、青物商で買った熟れ過ぎた苺を口にする。砂時計の砂が竭きる刹那のように、時が終焉にむけて渦を巻き始めていた。

 

数日後の朝、いつものようにアッシェンバッハが渚に出ようとロビーを通りかかると、宿泊客の荷物が積み上げられている。門衛に聞いて、それがタッジオの家族のものであることを彼は知る。別離の情がもたらす動揺を抑え、何気ないようすを装って渚へと向かうアッシェンバッハは、その朝、体調がおもわしくなかった。心身にわたる眩暈、強い不安の念をともなう眩暈の発作に襲われつづけていたのだ。それは「外界に関したものか、それとも彼自身の存在に関したものか」わからない変調であった。外界と内面のいずれに帰することもできない異常な体感が裂け目となって、彼を呑み込もうとしていたのである。

 

アッシェンバッハは秋の気配の漂いはじめた渚のデッキチェアに身をゆだね、友だちと戯れるタッジオの様子を見守っていたが、少年たちのあいだにちょっとしたいざこざがあって、タッジオは、ひとり浅瀬を越えて砂州を歩いてゆく。冒頭に引用したのは、その情景である。このときタッジオは、海辺の光景のなかでほとんど影像そのものと化している。三脚に取り付けられたまま渚に置き去られ、黒い冠布[かぶり]を風にはためかせている撮影者なき写真機は、タッジオの変容を換喩的に示している。砂浜と砂州の境を成す水域を越え、水域に亀裂をはしらせる砂州に歩みを進めながらタッジオは急速に影像と化していった。

 

 

実吉捷郎[さねよし はやお]の訳によってここに引いたくだりは、もっと滑らかな表現を与えることもできる。最近の例から引けば、たとえば岸美光は次のように訳している。

 

広い水の帯によって固い地面から隔てられ、誇り高い気まぐれによって仲間たちからも 隔てられ、少年は歩みを進めていた。あらゆるものから切り離された、なにものとも結びつかないその姿は、髪をなびかせて、あの遠い海の中に、風の中に、霧のような無限の前にいた。

 

圓子修平は、このような訳を与えている。

 

幅の広い水の帯で陸地から隔てられ、誇り高い気紛[まぐ]れから仲間の者とは離れ離れになり、ひどくかけ離れた、取りつきようのない姿で、少年は髪を風になびかせながら離れた海のなかを霞む無限のなかを、ぶらぶらと歩いて行く。

 

これらの訳の方が実吉捷郎の訳よりだんぜん分かりやすく、現代的センスを宿している。だが、この場面は実吉訳がふさわしい。川村二郎が岩波文庫の解説でいうように「原文の形をそのまま訳文に写し取っている」ような、いささかぎくしゃくした文の組み立てが、たとえてみれば、ブロックノイズが発生し、切れ切れにフリーズするDVDの一場面のような語の配置が、アッシェンバッハの末期の眼に映るタッジオを彷彿させるからだ。最後に、いまいちど実吉捷郎から、そのくだりを、マンの原文と共に引いておくことにしよう。

 

幅のひろい水によって大陸から隔てられ、尊大な気分によって僚友たちから隔てられたまま、彼は、極度に分離した、連絡のない姿となって、髪をひらめかせながら、ずっと向こうの海のなかを、風のなかを、霧のごとく無際限なものの前をそぞろ歩いていた。

 

Vom Festlande geschieden durch breite Wasser, geschieden von den Genossen durch stolze Laune, wandelte er, eine höchst abgesonderte und verbindungslose Erscheinung, mit flatterndem Haar dort draußen im Meere, im Winde, vorm Nebelhaft-Grenzenlosen.

 

「無際限なもの」とは海であり、アッシェンバッハにとってそれは、単純で、巨大で、永遠で、完全なものにほかならなかった。そして、それは完全なものの一形態としての虚無でもあった。完全にして虚無。影像とはそのようなものとして、わたしたちを訪れるのだ。

 

遠くを指さすようなタッジオの姿に「望みに満ちた巨大なもののなかへ」と消え去ってゆくらしい兆候を見てとったアッシェンバッハは、少年のあとを追おうとしてデッキチェアから立ちかけたところで絶命する。その瞬間を見届けたのはタッジオだった。アッシェンバッハの眼差しにおいて影像と化しつつある少年は、何かに突き動かされるように振り返り、椅子の背に頭をもたれかからせている小説家へと視線を向けたのだ。このとき、グスタアフ・アッシェンバッハは、彼を眼差す[、、、]タッジオにおいて影像と化した。

 

そこには、もはや形式もなく生もない。生と死の境を越えて切れ切れにゆらめく影像が見て取られるばかりだ。生とそれを律する形式とのあいだに揺らめく影像、その遊動Spielのリズムに、老作家は消え入るように同期してゆく。息絶えた老作家の顔には、きっと愉楽の面持ちがみとめられたのにちがいない。それは生の不快から解き放たれた安堵の表情でもあったろう。

 

タッジオの眼差しが捉えた小説家の最期をトーマス・マンは、こうしるしている。

 

このときその頭は、いわばその視線を迎えるように挙げられた。と思うと、がっくりと胸の上へたれた。

 

 

2020年10月20日

NEWS 図書館からのお知らせ共 通


「遠隔授業および自宅学習支援のおしらせ」(DB)2020/10/19更新

【本学学生・ 研究生・科目等履修生 ・教職員対象】 COVID-19対応として、図書館はEBSCO Information Services Japan 株式会社のご協力により、オンラインコンテンツの 利用環境強化(在宅での利用や一時的なアクセス増)を期間限定で実施いたします。(12月19日まで)
学外からもIDとPW(パスワード)でEBSCOのDBコンテンツにアクセスできます。 

※前回のEBSCOeBooksのID(ユーザー名)とPW(パスワード)は同じです。

 

【EBSCO Academic Search Ultimate】臨時利用DB

https://search.ebscohost.com/login.aspx?profile=ehost&defaultdb=asn&authtype=ip,custuid&custid=ns080347  

 

Art & Architecture Source】 (本学契約中DB)

https://search.ebscohost.com/login.aspx?profile=ehost&defaultdb=asu&authtype=ip,custuid&custid=ns080347

<ご利用上の注意>
・ID、PWは外部に漏れないよう、お取り扱いには十分ご注意ください。
・ID、PWは不特定多数の人が閲覧可能なホームページ等には絶対載せないでください。

・守られない場合、この特別利用は中止となります。

・著作権を遵守してください

・同時アクセス数:無制限  ※ご利用後は必ずログアウトしてください。
・ご利用期間:2020年10月19日~12月19日
・ご利用内容:EBSCO Academic Search Ultimateとは

世界最大級の学術機関向け全文データベースAcademic Search シリーズの最上位版となるデータベースです。

10,000誌以上の学術誌の全文情報を収録しており、天文学、人類学、生物医学、技術、健康、法律、文学、数学、薬理学、女性学、動物学など、あらゆる学術分野をカバーしています。2か月間無制限でアクセス可能になります。

DB:Art & Architecture Source も併せてご利用できます。  

【申込方法】

※希望者へ別メールで、臨時IDとPWをお送りします。  

※女子美から付与されたアカウントのメールでお申込みください。      
@venus.joshibi.jp    ↓↓↓↓↓↓

・相模原校地の利用希望者は、info-c@venus.joshibi.jp へ

件名「エブスコ臨時利用希望」で本文へ所属・氏名を明記してメールしてください。

・杉 並校地の利用希望者は、info-j@venus.joshibi.jp へ

件名「エブスコ臨時利用希望」で本文へ所属・氏名を明記しメールしてください。

・同時アクセス数:無制限  ※ご利用後は必ずログアウトしてください。
・ご利用期間:12月19日まで 

 

女子美術大学図書館

2020年10月19日

NEW BOOKS 新着情報杉 並


10/15 新着図書

【女子美OGの本】

 

『ちいさなかわいいおべんとうばこ』

女子美OG宮野聡子さんの絵本。野原に忘れられたお弁当箱は、見つけた動物たちによってお風呂やテーブルに変身!ほっこり可愛らしい絵本です。

 

【女子美関連の本】

 

『リサとガスパール キティちゃんをパリでおむかえ』

女子美OGで3代目キティデザイナーの山口裕子さん協力のもと、リサとガスパールがキティちゃんと夢のコラボ!3人(?)でパリの街を巡る楽しいお話です。

 

【書評に取り上げられた本】

 

『世界現代怪異事典』

20世紀以降世界各地で語られた妖怪や怪物を集めた事典。「イエティ」のようなメジャーなものから「下水道ゾンビ」なる全く聞いたことのないものまで800種以上掲載。

 

『名城の石垣図鑑』

日本各地の名城48の石垣を、写真付きで紹介。第壱章では歴史や種類、構造などの基礎知識を丁寧に解説。この1冊で石垣マニアになれそうです。

 

 

『東京老舗の名建築』

震災や空襲を逃れ現存する老舗飲食店の建築に注目した1冊。それぞれ建築や内装の見どころを解説。お店巡りに新たな楽しみが増えそうです。

 

↑ 書名をクリックすると資料情報がご覧いただけます♪ ↑

 

その他全30冊、ぜひご利用ください。

 

https://lib.joshibi.ac.jp/opac/category/1/1

 

↑ カテゴリー検索画面で月ごとの新着リストがご覧いただけます♪↑

 

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※郵送貸出サービスの利用対象者は学生・研究生・科目等履修生・教職員の皆さまのみです。詳細は下記の「図書資料の郵送貸出サービスについて」をご覧ください。

 

図書資料の郵送貸出サービスについて

 

2020年10月15日
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