第26回女子美パリ賞受賞者 朝倉優佳
活字
パリに移り住んでから、日本のものでいちばん恋しかったのは何だろう。お風呂だろうか、お煎餅だろうか、卵かけご飯だろうか。しかし実際には、意外にも「活字」だった。
日本では日本語に囲まれていることがあまりにも当たり前で、意識することもなかったが、こちらに来てから、日本語で「活字を読みたい」という欲求が、日に日に強くなっていった。日本からの荷物を待てばよいのはわかってはいるが、衝動を抑えきれず、日本の書籍を多く扱うパリの書店へ駆け込んだ。
選んだのは、三島由紀夫と泉鏡花、そしてアランの翻訳だった。自分でも妙な取り合わせだと思いながらも、心が躍る。
本を読むことは、どこか絵画を鑑賞することと似ている。読み手が一方的に作者の言葉を飲み込むのではなく、投げかけられた言葉に対して、自分の中で何が、どのように反応するのか。その揺れ動くような感覚が、ただ楽しい。
深く理解できているかどうかは別として、それでも理解しようと考えを巡らせているうちに、自身の感情や経験が刺激され、内側に活発な循環が生まれる。そうした手探りするような能動的な行為としての「読書」が、私は好きなのだ。ただ目線が紙の上を流れていくのではなく、もっと触覚的な体験なのだと、改めて思う。
ナポリへ
パリでの生活が始まってから、初めての旅行。目的地はイタリア、ナポリとマテーラである。
朝7時ごろ、青空と強い日差しのなか、シャルル・ド・ゴール空港へ向かった。
飛行機は1時間遅れでナポリの空港へ到着。友人が、ジェノヴァにいながらも「ナポリへ向かうなら是非訪れてみてほしい」と、わざわざ私のために予約を入れてくれていたランチの時間に遅れそうで、私は焦っていた。旅費を抑えるためにあまり使いたくなかったが、荷物もあるのでタクシーに乗って目的地へと急ぐ。
落ち着かない私の気持ちとは裏腹に、運転手さんは終始陽気だった。家族の写真を見せてくれたり、ずっと世間話をしている。レストランに到着が遅れることを伝えようと電話を試みたものの、電波が悪くつながらない。そんな私を見て、彼は自分の携帯電話を貸してくれた。道は舗装されているとは言い難く、車内の至る所に頭をぶつけそうになるのをこらえながら、ぶんぶん揺られて街へ向かう。
レストランに着くと、予約時間を過ぎていたにもかかわらず、店の人はあたたかく迎えてくれた。客の多くは地元の人で、職場の同僚とランチに来ているようだった。観光客らしいのは私くらいで、嫌味のない好奇心の視線が注がれるのを感じる。とはいえ、気にしても仕方がないので、野菜のグリルとシンプルなトマトのピザを注文し、大いに食べた。
料理はどれも素朴だが、日本のものとはまったく別のおいしさがある。水と塩、小麦粉が違うだけで、こうも変わるものかと驚嘆する。ピザの耳までしっかりおいしい。
食事にはもちろん満足したが、私にとって最も印象的だったのはエスプレッソだった。日本のものよりずっと荒々しい味だが、それがいい。トマトの酸味をふき飛ばすようなすっきりとした味わいで、これで人々は午後の仕事に向かえるのだな、と納得する。
気温は23℃と表示されていたが、体感ではもっと暑い。宿のチェックインまで時間があったので、少し歩くことにした。潮の香りに誘われ、巨大な船が停泊している方へ向かってみる。なぜだか、海を見ると落ち着く。みゃーごみゃーご、と鳴く海猫に目をやりながら、汗だくでまた荷物を背負う。
宿に荷物を置いてから、街の探索に出かける。ナポリの街を一言で表すなら、「混沌」だった。ほとんどの道はデコボコで、車はガタガタ音を立てて走る。信号はあってないようなもので、道を横断するときには肝が冷える。バイクは当たり前のように歩道を走り抜け、車はやたらとクラクションを鳴らす。鳴らす必要があるのかないのか、ただ鳴らしたいだけとしか思えないほどよく鳴らす。とにかく騒がしく、めちゃくちゃに見える。
目線を上げると、電線が壁を伝ってかたまりになって垂れ下がり、洗濯物は空を横切るように建物と建物のあいだに干されている。どこを見ても目まぐるしく、色も形も音さえもひしめき合って、一見雑然としているが、ここではこれが「秩序」なのだろう。とにかく、この街はこうして今日も回っているのである。
マテーラの白
朝6時15分発のバスに乗りこみ、今回の旅の目的地であるマテーラへ向かう。
マテーラは、サッシと呼ばれる渓谷の岩肌を掘り抜いてつくられた洞窟住居群で知られる街である。遅くとも7000年ほど前にはすでに人が住んでいたと言われ、8世紀から13世紀にかけては、迫害を逃れたキリスト教修道士たちが洞窟内に住みついた。当時の人びとによって描かれた岩窟教会の内部に残るフレスコ画は、今も見ることができる。
私がこの街の画像を目にしたとき、まず感じたのは、「白い街」ということだった。
近年の自身の制作において、「白」は大きなテーマである。色彩としての白、物質としての白、層としての白。白い石灰質の岩肌でつくられた街とはどのようなものなのか、それを自分の目で確かめてみたかった。
さて、バスに乗り込むと、やはり道はデコボコ、車はガタガタ、私はぶんぶん揺られながら進んでいく。4時間の道のりだが、バスにトイレはなく、途中停車のバス停にいつ到着するかもわからない。停まったバス停に運よくトイレがあれば、皆が一斉に駆け込んだ。車内はなぜかやたらと寒く、移動と冷えによって体力はかなり削られた。
目的地まで直行のチケットを買ったはずが、なぜか途中で降ろされて、マテーラ行きの乗客は別のバスに乗り換えるよう言われた。運転手は英語を話さず、私たち観光客はイタリア語がわからない。お互いに身振り手振りでやり取りを試みる。結局、理由はよくわからないまま、「ここで他のバスが来るのを待て」と言い残して、バスは走り去ってしまった。
バスターミナルとは言い難い、ただの荒地のような場所に、私を含めた数人が取り残された。不安を抱えながらもひたすら待つと、しばらくして別のバスが現れた。念のため、何度も行き先を確認し、30分遅れでようやく目的地にたどり着く。
見渡すと、そこにはのどかで小さな街並みが広がっていた。本当にここに洞窟住居群なんてあるのだろうかと思いながら、近くの商店に荷物を預け、目についたカフェで食べ損ねた朝食をとることにした。
店内は狭く、多くの客がエスプレッソバーのカウンターに集まり、賑やかに世間話をしている。イタリアらしい光景だと思った。私はそこで名前のわからない焼き菓子とカプチーノを注文する。
親切な店員さんに挨拶をして、カフェを後にすると、街の中心へ向かって歩き始める。人通りが徐々に増えてきて、建物の様子も変わっていった。そして突然、サッシ全体の光景が視界に飛び込んできた。小高い場所にある広場からは、街全体を見渡すことができた。
息を呑むような光景とはこのことだ。圧巻の美しさ。岩窟住居が何層にも重なって、渓谷を埋め尽くしている。あまりに複雑に入り組んでいるので、細部に目を向けると眩暈がするようだ。ナポリとはまた異なる混沌がそこにはあった。
階段を降り、迷路のような渓谷の渦の中へ入っていく。石灰岩の白い壁は強い日差しを反射して、街のどこにいても眩しい。赤やオレンジ色のポピーの花がぽつぽつと咲いていて、白い景観の中で鮮やかに映えている。
「白い街」と表現するのが適切だと思うが、実際には真っ白というわけではなく、生(き)成(なり)色(いろ)やグレー、淡い桃色が混ざった白だ。この景観に触れることで、白について何かしらの学びがあると考えて、ここを訪れてみたものの、目の当たりにしたのは、膨大な時間の蓄積がもたらす厚み。その密度に、ただただ圧倒される。
途方もない時間の中で風に吹かれ、雨に打たれ、この景観が形づくられてきたのだ。ひとりの人間の時間の中で再現できるようなものではないと、すぐに思い知らされた。ただ、肉眼でしか感じられない体験が得られたことだけは確かで、それが何よりの収穫だった。
もともと私はひどい方向音痴だが、マテーラでの街歩きは、エッシャーの絵の中をさまようような奇妙さがあった。頼みの綱のGoogle Mapsも、これほど複雑な地形では役に立たないことも多い。しかし、迷うことも旅の醍醐味である。気の向くまま、足を動かしていった。
夕方、街で夕飯を済ませて宿へ向かうと、ちょうど日が沈むころであった。空はまだ夜になりきれていない深い青色で、街のあちこちに暖色の灯りがともっている。グレーの屋根はすっかり黒に染まり、建物の輪郭を際立たせている。昼間以上に、構造物としての造形の美しさが感じられた。
ゆっくり景色を目に焼き付けながら宿に戻る。移動と疲れで、その夜はすぐに眠りについた。宿は洞窟住居群の中にあり、貴重な体験ではあったが、不思議な肌寒さと、窓のない閉鎖感がどうにも落ち着かず、もうこれきりでよいと思う。
バスタブとコンクラーベ
ナポリへ戻り、いくつかの美術館や博物館を回った。相変わらず街は騒がしく、賑やかな人々の声やバイクのクラクションなど、さまざまなものをかきわけて歩く。
なかでも、ナポリの考古学博物館で見たポンペイの収蔵品は、どれも素晴らしかった。壁画の断片やモザイク画を見るたびに、その高い技術と豊かな表現にため息が出た。
この日泊まった宿にはバスタブがあったので、久しぶりに湯船に浸かることができた。湯に身を沈めながらテレビをつけると、ニュースではちょうどコンクラーベ(教皇選挙)が終わり、新しいローマ法王の誕生が熱狂とともに伝えられていた。
フランス、少なくともパリでは、個人の行動や振る舞いが尊重されている反面、人によっては、「干渉しない/されない」冷たさを感じるかもしれない。私にとっては、それが居心地の良さとして感じられることもあるのだが。
一方で、イタリアでは、レストランでもカフェでも、たまたま隣に座った者同士が自然に会話を交わす場面をよく目にした。今回の旅でも、レストランで隣の席に座っていた初老の男性が、「この店のおすすめはこれだ」と、私を含めた周囲の客に話しかけてくれた。向かいに座る奥さんは、「また始まった」とでも言いたげな冷ややかな視線を夫へ向けていたが、それも含めてなんとも微笑ましい光景だった。
面白いことに、この国では観光客さえも饒舌になるようで、旅のあいだ、一人で食事をしていても、毎回誰かと会話を交わしていた。
マテーラやナポリなど、各土地ならではの観光体験が素晴らしいのはもちろんだが、この旅では、私自身のコミュニケーションについての見方が、少しずつ更新されていったような気がする。さまざまな人たちとの出会いがあり、ここ数年で最も印象に残る旅となった。
翌日、パリに戻り、市内まで電車を利用した。車窓から上に目をやると、空には、お煎餅ではなく、サブレのような分厚くまあるい雲がぽつぽつと浮かんでいた。他の国でも似たような雲は見られるだろう。それでも、今の私には、それがとても懐かしく思えた。
「帰ってきた」と感じられるのは、私がこちらでの生活に馴染んできた、何よりの証拠なのかもしれない。

ナポリの街

ナポリでの昼食

マテーラの景観

ナポリ港から見たヴェスヴィオ火山と大型客船
2026年1月20日