アート・デザイン表現学科 非常勤講師
山嵜一也
敗戦国日本の復興を世界へと知らしめた前回1964年の東京オリンピック。本書は奇跡といわれた大会の成功のために、あらゆる業界を陰で支えた関係者のたゆまぬ努力を描いたノンフィクション作である。
大会の記録メディア、食事、警備、映像など専門的になりがちな内容を平易な筆致で綴られる本書であるが、アート・デザインを専攻する女子美生に読んで欲しい章は2つ。今や昭和のアイコンとも言える大会エンブレムについて綴られた「赤い太陽のポスター」(1章)と、今日の公共空間で私たちが目にする「ピクトグラム」(6章)の誕生秘話である。
特に後者では、東京オリンピックのデザイン責任者・勝見勝がピクトグラム制作の作業完成後にチームのメンバーに“ある契約書”を渡すというシーンがある。勝見はピクトグラムの仕事を日本人の仕事ととして社会に還元、普及させるべきだと考え、その後、日本のデザイン界を牽引することになる若き精鋭たちに“著作権契約放棄”のサインを求めたのだ。デザイナーたちは戸惑いながらもサインに応じた。もし、この時、勝見を含めた彼らが自分たちの利益を優先していたならば、今日、私たちはこれほど多くのピクトグラムを街で目にすることはなかっただろう。
この英断からもわかるように本来、オリンピックというものは国を挙げて開催されるものであり、社会のために、次世代のためのイベントであることをこの本では再確認させてくれる。
2020年のオリンピックを迎える東京で学ぶ女子美生には、エンブレム問題、競技場問題など社会とアート・デザインとの関わりを突きつけられているいまこそ読んで欲しい書である。2017年度「アート・デザイン表現演習Ⅱ」【オリンピックコンテンツ表現演習】の参考図書。
2017年7月25日