図書館の現状と将来
図書館長 松島道也
大学の目的が研究と教育にあることはいうまでもない。したがって、大学図書館は、この大学の目的に沿い、「図書およびその他の資料」(いわゆる図書館資料)を収集し、組織し、保管し、提供することによって、教職員と学生の研究と教育活動を援助するという重要な機能をもっている。
ところで私共の大学は美術系大学であり、教育カリキュラムにおいては、書物を必要とする学科よりも実際的な技術の習得に重点がおかれている。これは本学の性格上当然のことであろう。その結果、一般の大学のように大学の研究・教育や学生生活がつねに図書館を中心にくりひろげられるといった雰囲気に乏しい。そのためであろうか、本学の学校当局にも、教職員、学生にも、他の大学ほど図書館の重要さに対する認識がなされていないように思われる。もしそうだとすれば、これは大変な誤りである。それどころか、大学が美術という特殊な分野の専門家を養成する学校であるだけに、なおさらのこと図書館が重要なのだともいえる。すなわち、新しい社会が大学卒業生に要求しているのは、広い視野から自己の専門を見ることのできる人間であり、また、深い知的教養に支えられて周囲の事象に正しい判断を下し、正しくそれに対応することのできる人間であって、決して狭い視野に閉じ込もった「専門バカ」ではない。したがって本学が作り出す美術家もただたんなる「腕のよい職人」であってはならない。そして本学において、この深い知的教養と広い視野を身につけるのに図書館は最も適した資料と機会とを提供できるのである。この目的に添って、私共の図書館は多くの美術関係図書(わが国で出版される美術書は原則としてすべて購入する方針である)のほかに、哲学・思想・歴史・社会・自然科学から随筆・紀行・文学などにいたる幅広い書物を収集している。大学出身の美術家と呼ばれるにふさわしいかどうかは、ひとえに皆さんがいかに有効に図書館を利用するかどうかにかかっている。
一方、大学が研究を目的とする機関であり、いかなる大学もそれぞれの専門分野においてわが国の学問研究の水準をつねに最高に保持する責任を持っている。したがって本学の図書館も「学問としての美術研究」、すなわち美術史研究の面においては、質・量ともできるだけ充実した資料を収集していなければならない。これはただ本学の研究者に対する義務であるのみならず、広く日本の学術研究界において本学図書館が分担せねばならぬ義務である。ではこの面で私共の図書館はその責任を果しているだろうか。答は残念ながら「否」である。本学の所蔵する研究資料はいまのところまだまだ充分というわけにはいかない。新刊書ならば予算さえあれば購入することができる。しかし、歴史の浅い私共の図書館には、少し以前に出版された古い図書や文献の類が非常に不足している。しかもこれらの図書や文献は、現在古書店でも非常に入手困難になっており、たまに本屋に出ても、価格の点で涙をのむことが多い。それにもかかわらず、このような苦しい状況の中で、私共はこれまで新刊・古書のカタログを調べたり、直接書店まわりをして、少しずつではあるが着実に重要な研究資料を増強してきた。そのなかにはわが国では本学にしかないという貴重な学術雑誌などもいくつか含まれている。やがて近い将来、もう少し資料の内容が充実してきたときには、本学図書館を日本における美術研究のセンターとして、全国の専門的研究家に開放された<美術史研究所>のようなものを附設するところまでいきたいと考えている。
また、最近、美術系大学では図書館に対し、美術作品や参考品を収めた1種の美術館の性格をもたせる傾向がある。もともと図書館とは書物のほかに幅広い各種の視聴覚資料によって利用者に奉仕するものであるから、美術大の図書館が美術館的性格を帯びるのは当然の帰結であるかもしれない。事実、いくつかの美術大学図書館ではすでにこれが実現されている。私共の大学図書館も、御存知の通り、小規模ではあるが図書館ロビーに石膏彫像を陳列し、それを同時に自由なデッサン室として使用しているのも、このような美術資料館的なものを指向しているからにほかならない。しかしこの面でも本学の図書館はいまのところかなり立遅れている。ただこれは予算やスペースの関係から簡単に解決のつく問題ではなく、また、その計画は大学全体の将来のビジョン(例えば大学院設置にはこのような美術参考品をもっていることが条件となっている)とも深くかかわっている。とても図書館だけで勝手に独走できるものではない。しかし、遅ればせながら、大学当局、先生方の衆知を集めて、この図書?美術館の実現に着手しなければならないと思う。
以上、本学図書館の当面する問題、さらに本学図書館が具えねばならぬ教育的、研究的、資料館的性格について述べてみた。これによって図書館と美術史研究所と美術館とを包含した綜合的な施設、これが本学にとって最も望ましい将来の図書館の理想像であることがお分りいただけたと思う。私共はこれをたんなる空想に終らせることなく、なるべく近い将来に実現しなければならない。さもなければ本学は美術系大学の中でひとりとり残されることになろう。大学当局をはじめ教職員、学生の皆さんの御理解と御支援をお願いする次第である。
(『女子美』 No.33 1974昭和49年1月15日発行より転載)
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