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TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


摘読録ーーMy favorite words 第34回

女子美術大学 名誉教授 北澤憲昭

   

年年歳歳花相似

歳歳年年人不同

――劉希夷「代悲白頭翁」

  

劉希夷[りゅう・きい]は7世紀中国の詩人。容姿は端麗、音楽と酒とを愛する自由人で、時流に流されず、毀誉褒貶にこだわらない人柄だった。科挙最難関の進士[しんし]の試験に合格したが官職に就かず、遊歴しつつ詩を詠んで気ままに暮らしたと伝えられている。こうした人柄は、『老子』に由来する「希夷」という字[あざな]に示されている。俗見[ドクサ]に逆らう深遠な道理を示すこの名を詩人は自らの呼び名として選んだのだ。

   

28歳で没しているから、ここに引いた代表作の「白頭を悲しむ翁に代わりて」は、題名にあるとおり、老齢の身に成り代わって、その悲しみを詠んだ作と知られる。すなわち、作中の「言を寄す全盛の紅顔の子/応[まさ]に憐むべし半死の白頭翁を」という詩句は、そして、「年年歳歳花相似たり/歳歳年年人同じからず」という上掲の聯を挟んで対置される「今年花落ちて顔色改まる/明年花開いて復[また]誰か在る」も、これらはすべて若くうつくしい自分自身――「紅顔の子」である自己――へと差し向けられた言葉なのだ。

  

多感な青年に寄り添う老翁の影は、死によって画され形づくられる生の根源的な有りようを示している。それはまた、夭折の詩人に相応しい生の不安でもあるだろう。

   

30年に満たぬ生涯に35首の詩を残し、そのうち「白頭を悲しむ翁に代わりて」を含む2首が、千年後に編まれた詞華集『唐詩選』に採られた。一説によると劉希夷は、この白頭翁の詩をめぐる諍[いさか]いがもとで殺害されたという。

   

  

2021年3月10日改稿

2021年3月2日
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