女子美術大学 名誉教授 北澤憲昭
いまは、おまえが持っていないもののことなんか考えてるときじゃない。ここにあるもので出来ることを考えろ。
――アーネスト・ヘミングウェイ『老人と海』(1952)
『老人と海』の一節だ。悪戦苦闘の果てに釣り上げた巨大なマカジキを、老人は舷側にくくりつけ、港へと引き返す。しかし、しばらく行ったところで、獲物の血を嗅ぎつけた鮫が襲いかかってくる。老人はナイフで必死に応戦し、ようやく一匹を仕留めるが、次の鮫が攻撃してくるのは目にみえていた。ナイフの血をぬぐったあと、彼は、砥石を持ってくればよかったと思う。そして、次のように自分に言い聞かせる。“Now is no time to think of what you do not have. Think of what you can do with that there is. ”
いうまでもないことながら、ひとは、与えられた条件のもとでしか行動できない。条件は常に有限である。しかし、その活用法は限界をもたない。すべては知恵しだいだ。嘆いている暇はない。きっと、なんとかなる。きっと、なんとかしてみせる。
ここに引いたのは、締め切りを前に、たじろぐ自分に言い聞かせる、とっておきの言葉だ。