先生の本棚から

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


摘読録――My favorite words 第18回

女子美術大学 名誉教授 北澤憲昭

  

日時計の面では一日のすべての数が同時に、/すべて同じに真実に、深い平衡を保って、/あたかもすべての時間が豊かにみのっているかのよう。

――ライナー・マリア・リルケ/高安国世訳「日時計の天使」より

  

古代ギリシャには、「時」を意味する言葉がふたつあった。クロノスKhronosとカイロスKairosだ。現代の日本語でいいかえれば、クロノスは流れ去る「時間」を、カイロスは「時刻」を意味する。

  

時刻というのは、時間のなかのある一点だから、そこでは時間の流れが止まっている。「いま、ここ」といいかえてもいいし、「チャンス」と呼んでもいい。

  

時の流れが止み、この一瞬にすべてが――過去も未来もそのすべてが――収斂する。そのとき、ぼくらは、時間に支配されるこの世界の出口にいる。だから、それを「死」と呼ぶこともできる。素晴らしい芸術作品に接したときにも同様の体験をすることがある。ひとは時間を忘れ果てて、そこにたたずむ。

  

その一刻一刻を、リルケは日時計の文字盤に見出したのだ。

  

  

2019年2月8日
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