先生の本棚から

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


天才クリエイターに寄り添うプロデューサー鈴木敏夫も最高のクリエイターである

アート・デザイン表現学科 非常勤講師

山嵜一也

  

◆推薦図書

天才の思考 高畑勲と宮崎駿 (文春新書) – 2019/5/20

鈴木敏夫 (著)

  

  

 この本の著者、鈴木敏夫がいなければスタジオジブリの名作「千と千尋の神隠し」も「となりのトトロ」も生まれなかった。

  

 アートとデザインに興味のある女子美生ならジブリ作品を見た人も多いのではないだろうか。スタジオジブリのクリエイターと言えば宮崎駿や高畑勲の名を思い浮かべるが、彼らと並走して数々のジブリ作品を世に送り出してきたのがプロデューサー鈴木敏夫である。本書は「天才の思考」というタイトルの通り、天才クリエイター高畑勲と宮崎駿の思考法をその制作秘話と共に読者へと届ける本であるが、私は本書を、彼らに寄り添い苦悩する鈴木敏夫が仕事との向き合い方を説く本、だと解釈した。

  

 そもそも、プロデューサーの仕事とは何であろうか?

   

 その答えは、ジブリ映画の名作「紅の豚」の制作裏話から把握できる。当初、この映画は短編作品の企画でスタートした。宮崎駿監督はたった一人の制作チームを立ち上げるも、いつまでも人員を補充してくれない鈴木敏夫に抗議をする。しかし、その抗議に敢えて反応しない。無視するのもプロデューサーの仕事だ、と言ってのける。

  

 制作が進むと飛行機映画ということで、機内上映作品としての提案を日本航空(JAL)に持ち込む。その後、映画のストーリーが長くなり短編映画から本格的な長編映画になると、今度はJAL初のスポンサー作品と話が進む。しかし、主人公が”豚”のパイロットはいかがなものか、と横槍が入る。会議室でJALの宣伝部長と二人きりで膝を突き合わせて喧々諤々。また、社長にもタイトルを報告出来ないまま広告宣伝を考えていたので、当初のポスター案にはタイトルも主人公ポルコの絵も入れられなかった。まさに綱渡り。

  

 映画を上映する劇場の手配をするのもプロデューサーの仕事だ。紅の豚公開と同時期のスピルバーグ監督映画に大きな劇場を抑えられていたが、映画配給会社の偉い人(以前の仕事で大げんかした相手!)は鈴木敏夫の本気度を確認すると前代未聞の作戦を実行してくれる・・・。

  

 女子美にいらっしゃるスタジオジブリ出身の先生からは、物語を作っている宮崎駿監督自身も展開がわからないことがあるという壮絶な舞台裏を聞いたことがある。そのような状況の中で同時進行でプロデューサーは作品をどのようにして良くし、どのように売り出していくかという戦略を考えているのだ。

  

 この本は大学で共同作業(グループワーク授業、部活、学園祭など)に取り組むときにきっと勇気づけられる話が満載だ。例えば、グループワーク授業では、メンバーに挟まれて自分を発揮できない学生、調整役に回ってクリエイティブを発揮できない学生、悶々としている学生が毎年出てくる。そこに至るまでも、スケッチブックやキャンバス、パソコン画面に向かって黙々と作業している時に、「巧く表現できない」「面白いアイデアが浮かばない」などと悩んでいたかもしれない。しかし、共同作業は全く違う次元の悩み、人間関係の悩みを浮き彫りにする。

  

 グループワーク授業とアニメ制作会社のプロデューサーの仕事は比較できないかも知れないが、天才クリエイターと現場の板挟みになりながらも仕事をすすめるプロデューサーの姿に、それも立派なクリエイティブ作業であるし、その調整能力というのは後に自分のクリエイティブに大きく役に立つということを気付かせてくれる。実際、鈴木敏夫の企画書などに描かれる手書きのイラストは非常にうまい。また、皆が興味を引く宣伝キャッチコピーの名手であるばかりか、筆を持たせても味のある文字を描く書道家でもある。個展を開催し、作品集や書籍も多数出版している。調整能力に長けているだけでなく、この人自身が最高のクリエイターなのだ。

  

 社会に出るとたった一人で黙々と創作をする場面は極めて少なく、常に誰かと共同作業をしなければならない。なかにはそりの合わない人だっているだろう。それでも誰かを助け、誰かに助けられ、誰かを動かし、誰かに動かされる。誰かと一緒に何かを作り上げていくには調整も立派な創作活動の一部なのだ。

  

 この本はアニメーション映画の制作ドキュメンタリーでありながら、無理難題を押しつける天才クリエイターに寄り添い私たちにジブリ作品を届けてくれるプロデューサー鈴木敏夫の”調整作業”ドキュメンタリーでもある。それはこれから社会に飛び立ち、デザイン、ものづくり、クリエイティブ環境で働いていく女子美生の学び方、働き方へのヒントにもなるだろう。

  

2020年5月8日
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