先生の本棚から

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


堀辰雄『美しい村』

共通専門 助教 佐藤紀子

 

タイトルの響きに惹かれて手に取った。美しい村とは、どんな様子なのかを知りたかった。当たり前のことだけれども、私が読んだのは文庫本だから、挿絵など全くない。延々と文章だけで綴られる情景に、美しさを感じた。目で見て、一瞬にして目を虜にするような美しさを知る一方で、読後に残る余韻の美しさは、美術鑑賞とは別の感覚だったし、読みながら自分が美しい場面をイメージしていることも心地良いものだったように思う。

 

言葉で表現される情景をイメージできなければ、視覚化されていない美しさを感じることは出来ない。勝手な妄想といえば、それまでだけれども、堀の言葉の言い回しや文の繋がりによって、私は、見ようと思っても実際に見ることができない美しさを、想像することで見ることが出来たように思う。こういう感覚は、同じ本でも読み返す度に違ってくるから不思議だ。堀辰雄の他の作品も読み漁り、堀が言葉で描く情景をイメージするのに浸った。

 

私が女子美生だった頃、当時は軽井沢に女子美の寮があり、夏休みには、アルバイトをしながら宿泊できる制度があった。学部2年生の夏休み、それを利用して軽井沢に滞在した。軽井沢には、堀辰雄文学記念館がある。アルバイトの合間に暇をもらい、自転車に乗って記念館まで出かけた。ロマンチック街道を走り続けてようやく記念館が見えた。目的を達成した後の帰り道はひどく長かった。夢から覚めたような気持ちで寮に戻った。

 

 

2017年2月9日
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