先生の本棚から

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


デザインの得意な女子美生はよい宇宙飛行士になれる?

アート・デザイン表現学科 非常勤講師

山嵜一也

 

 

◆推薦図書
『ドキュメント 宇宙飛行士選抜試験』(光文社新書)
大鐘 良一 (著), 小原 健右 (著)

 

 

 なぜ、女子美生に宇宙飛行士にまつわる本を薦めるのか?そのなぞを解き明かすべく内容を紹介していきたい。

 

 この本は宇宙飛行士選抜試験、最終選考過程を追ったドキュメンタリーである。2008年にJAXA(ジャクサ。独立行政法人・日本宇宙航空研究開発機構)によって発表された宇宙飛行士募集・選抜は日本では実に10年振りのことであった。

 

 それ以前、選抜試験に取材を受け入れたことはなく、執筆陣であるNHK取材班の粘り強い交渉の上に実現し、この本が誕生したのだ。

 

 宇宙飛行士に応募した963人のうち、最終試験に残った10人の候補者の紹介からこの本は始まる。2009年1月に始まった最終選考に残った候補者は、飛行士や医師など様々な専門性のバックグラウンドを持った働き盛りの20~30代である。最終選考期間は2週間。国内のJAXAで9日間、アメリカのNASAで7日間におよぶハードな試験に挑む。

 

 審査は、筑波宇宙センター内に国際宇宙ステーションを再現した「閉鎖環境施設」から始まり、全ての行動をカメラで監視される。時にはグラスを片手にしたレセプションパーティーの一挙手一投足までもが対象となる。すなわち、審査には取り繕うことの出来ない素の自分で臨まなければならない。人間性こそが宇宙飛行士になることへの大切な素養であることを読者に伝える。

 

 この本を読むまで、私は宇宙飛行士とは知力と体力が備わった完璧な人、スーパーマンというイメージだったが、彼らに求められる大切な能力はコミュニケーションや人間性であることを知った。国際宇宙ステーションという、壁一枚のその先には空気のない、死と隣り合わせの閉鎖空間で共同生活を行うので、各人の専門的な能力はもちろんのこと、チーム内におけるリーダー型やフォロワー型など、その貢献度までもが重要な審査対象となる。

 

 私はこのドキュメンタリーを読みながら、担当するアート・デザイン表現学科のグループワーク授業を思い出した。毎年4月に2年生になったばかりのアート・デザイン表現学科の全領域(メディア、ヒーリング、ファッションテキスタイル、アートプロデュース)の学生がグループを作り、杉並区とコラボレーションする授業。それまでの人生で各自がコツコツ絵を描いたり、作品を制作していたのに、いきなりグループワークという未知の世界に放り出される授業。それゆえ、毎年多くの学生が他者とのコミュニケーションを必要とする制作環境に苦労する。それは、きれいな絵が描ける、グラフィックソフトを扱える、プログラミングを組める、とは違った能力を試される授業である。

 

 実際、宇宙飛行士選抜試験にも、最終選考に残った10人を2つのグループに分け、ロボットを制作するという課題が審査される。国際宇宙ステーションで暮らす宇宙飛行士の“心を癒す”ロボットを制作する課題。センサー、モーターなどを含むブロックは小型コンピューターにケーブルでつながり、パソコンソフトからプログラミングを書き込むことが出来る。

 

 12時間という限られた時間でのグループワーク。順調に作業が進むと思いきや、中間発表で審査員から厳しいダメ出しを受ける。これは、あえて受験者に負荷をかけ、そのパニック状態をどう切り抜けるかをみるためのものだ。宇宙空間という限られた空間や資源の中で緊急事態への対応力を審査する。

 

 残り少ない時間の中、最終プレゼンテーションに向けて受験者たちは悩む。未完成の危険はあるものの審査員を要求にこたえるべく、粘るか?もしくはとにかく完成を優先させ、妥協点を見つけるか?リーダーとメンバーが一緒になって方向性を決めていく。このロボットで表現したいコンセプトは?作業の優先順位は?限られた時間の中で決断していく。

 

 ちなみに、女子美客員教授であり宇宙飛行士の先輩である山崎直子先生もこの本に登場する。憧れの人を前にした子供のような振る舞いの受験者の様子が描かれる。しかし、憧れだけで宇宙飛行士にはなれない。生命の危機にさらされる確率も高い職業としてはもちろんのこと、宇宙飛行士として選ばれたとしても宇宙飛行を体験せずに引退する人も少なくない。飛ぶまでに相当な時間を待たなければならない。「宇宙飛行士は待つのが仕事だ」とも言われるそうだ。宇宙飛行士という職業に対する覚悟が一貫して描かれているのもこの本のテーマである。宇宙飛行士選抜試験というのは、JAXAへの転職採用試験であり、宇宙飛行士への就職活動でもあるのだ。

 

 なぜ、女子美生に宇宙飛行士にまつわる本を薦めるのか?それは宇宙飛行士になることと、デザインを生み出すことには実は共通点が多いと感じたからだ。この本は宇宙飛行士選抜試験のドキュメンタリーでありながら、デザイン、ものづくり、クリエイティブ環境で生きていく女子美生にも参考なる話が満載である。そして、美術大学から社会に飛び立ち、働くとは何かを考えるときにヒントとなる一冊と言える。

 

 

2018年7月30日
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