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TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


摘読録――My favorite words 第7回

芸術表象専攻/芸術文化専攻 教授 北澤憲昭

 

犀の角のようにただ独り歩め。
                                                         ――『スッタニパータ』中村元訳

 

「スッタニパータSutta Nipāta」は上座部仏教(小乗仏教)のパーリ語経典である。☆ 犀の皮は、あらゆる動物のなかで最も堅いといわれ、肉食獣の牙や爪から身を守る鎧の役割を果たしている。そのためか、犀は単独で行動する。上に引いた言葉が、こうした犀の習性に由来するのはいうまでもない。ただし、経典には「犀のように」と書かれてはいない。そこには「犀の角のように」とある。なぜだろうか。☆ 視力の弱い犀の視線は遠くまでとどかない。しかし、鼻先の角は、しっかりとらえているにちがいない。鼻先に突き出た角は、犀の巨体が前進する指針の役割を果たしているかにみえる。「犀の角のように」というのは、おそらく、このことにかかわっている。☆ 犀をみちびく指針としての角は犀自身に属している。すなわち犀の意識の尖端は犀自身に集中している。経典の言葉の焦点はここにある。思うに、このことばは「梵我一如[ぼんがいちにょ]」――宇宙の支配原理である「梵Brahman」と、個々人の支配原理である「我Ātman」とが、ひとつであって、ふたつではない――という教義にかかわっているのだ。☆ 「独り」というのが身体的な事柄でないのはもちろんのこと、それは精神的孤独という意味でさえない。このことばは、宇宙と自己がひとつであるということを、したがって孤独が「孤独」でありえないことを示している。☆ 犀は、みずからの角を指針として歩みをすすめる。しかし、その角は犀自身を遥かに超え出るものと繋がっている。「ただ独り」歩む犀の姿は、だから、近代的な「主体」概念では捉えきれない。それは、別の主体のありようを暗示している。

 

(2017年7月9日改稿)

2017年3月31日
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