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勝又俊雄教授 勝又俊雄教授
松島文庫への序文
「ドイツ教養人と松島道也先生」

 ある人のことをよく知りたければ、その人の蔵書を見れば一目瞭然であるとよくいわれる。この実存主義的な個人の蔵書への解釈は、大雑把過ぎるような印象を与えるが、なにごとにせよ個人が生涯かけてもちうる限りの知力、労力そして財力をかけて集めた物品は、その人物がどのような人物であったかをもっとも容易に後世に生きるものに伝える手段に他ならないことは確かである。この観点から見れば、教師としてそして学長として長く本学を導いてこられた松島先生の蔵書も実存主義的に解釈すれば先生自身の存在の一部を余すところなく伝えていると言っても過言ではない。

 奇妙なことに、先生の蔵書の冊数は思いのほか多くない。なぜならば先生のように全体を広く俯瞰され、名教師としてそして卓抜なヘレニストとして学界の一翼を担った人物の蔵書としてはもっと多くの書、いや敢えていうならばご専門とする古典考古学に関する基本的な図書や希覯本がもっと書架を飾っていたとしても決しておかしくなかったはずである。

 しかし、それこそ松島先生の蔵書のもつ意味なのである。つまりマックス・ヴェーバー流にいえば第二次世界大戦以前のドイツにおける良識に培われた教養人としての生き方そのものなのである。彼らは、プロテスタントへの堅い信仰心と篤い禁欲主義に基づき毎日の生活を律しながら文学、音楽、美術のような教養を修得し、第三帝国が出現するまでは少なくともドイツのプロテスタント圏における社会の教養市民層の中核を形成していた。

 松島先生は、無論ヴェーバー流のドイツ人でもないし、プロテスタントの信徒でもなかった。しかし、先生が戦後とは言え留学先のベルリンでプロテスタント・ドイツ流の教養主義を受け継いだことは明らかである。そのもっとも顕著な証左は、古代ギリシア文明への篤い帰依である。西洋文化の源流である古代ギリシアが物質文明と精神文化の両域において、ヴィンケルマンの表現を使えば「高貴なる単純さと静かなる偉大さ」と言い表される成果を人類文化に貢献したことは広く人口に膾炙されている。このような禁欲主義的な古代ギリシア文化/文明は、第二次世界大戦以前のドイツ教養人の根幹を形成する精神的要素であった。なかでも古代ギリシア精神をもっともよく視覚的に体現しているギリシア彫刻は、プロテスタント的ドイツ教養人の精神の一部の視覚化といっても差しつかえないほどである。それは、いみじくも松島先生の狭い意味でのご専門領域でもあった。

 ドイツ教養人の精神を継承する松島先生の蔵書が示す学問領域は広範であるが、やはりご専門の古代ギリシア彫刻の領域に関しては基本的文献が網羅されている。これらは、学説史を研究する際に必ずリファレンスされる綺羅星のような書籍である。しかし、僅かばかりそれに隣接する古代ギリシア美術の他の領域となるとそれほど基本的文献が並ぶわけではない。これこそ松島先生とドイツ教養人の禁欲主義的精神をつなぐ二つ目の要素である。つまり極めて専門性の強いリファレンス用の図書は、個人として購入するが、その周辺に位置する図書に関しては蔵書せず、公共の図書館のそれに依存するという姿勢である。余分な書籍は買い込まず、さらに物欲に根差す集書癖とは無縁の質素な生活を目指す心根である。言葉を換えれば、これこそまさにドイツ教養市民の精神を貫いていた篤い禁欲主義そのものである。

 しかし、松島文庫は、単なる時代を逆行する反時代的且つ教条的な教養主義に堕していない。それは文庫自体が実存主義的に解釈されえないからである。つまり先生ご自身の人柄は、ドイツ教養市民がプロテスタンティズムの厳格な精神性を共有していなかったからである。周知の通り先生ご自身は、人懐こくしかも人情味に満ちたご性格で、そこには北ドイツ的な峻厳な克己心や節制は幸いして皆無であったからである。

 したがって、松島先生の文庫は、今は消え失せたが第二次世界大戦前に北・中部のドイツ人の精神を形成していたプロテスタンティズムの禁欲主義が良識ある市民社会を培う要素とした古代ギリシアの文化/文明の精華を結実させたものと言ってよいと言えるだろう。

2006年3月   
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