ニュース

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


摘読録――My favorite words 第28回

 
女子美術大学 名誉教授 北澤憲昭

   

とてもうつくしい曲ですね。だれが書いたのですか?

――ジョゼフ=モーリス・ラヴェル

  

このことばは、最晩年のラヴェルが、自分自身の代表作のひとつ「亡き王女のためのパヴァーヌ」を聞いたときの発言。その頃、ラヴェルは記憶と言語の障碍に悩まされ、ついには署名すらままならない状態に陥っていた。

  

ラヴェル最晩年のこうした容態に照らしていえば、 「とてもうつくしい曲ですね」というのは、掛け値なしの自己評価とみることもできないではないものの、そのときラヴェルはラヴェル自身であったと言い切れるかどうか。むしろ、この発言は、自己意識を超える芸術家の感性――お望みならば「たましい」といってもいい――へと思いを誘わずにはいない。

  

作者の名前と切り離されてはじめて、楽曲は、ほんとうの音楽になる。ラヴェルがパリ音楽院在学中にピアノ曲として作曲された「亡き王女のためのパヴァーヌ」は、ほかならぬラヴェルにおいて、作者の名前と切り離され、「音楽」そのものとして鳴り響いたのではなかったろうか。そういえば、作曲後十数年経ったところで、彼はこの自作について、 批評家に委ねることのできる距離が既に自分とあいだにできていると述べていた。

  

黒い皮表紙の古い手帖に書き留めてあったことばを、そのまま引いた。出典は不明。

  

  

2020年4月9日

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


摘読録――My favorite words 第27回

 

女子美術大学 名誉教授 北澤憲昭

 

われわれは立体的な量塊のすべての面を一度に見ることはできない。したがって彫刻家は自分の石の量塊の周囲をあるきまわり、あらゆる点からみて満足のゆくようにしようと努力する。このようにして彫刻家は成功への遠い道を行くのであるが、しかし彼は量塊そのもののうちに具わっている概念から生まれてくる、いわば四次元の過程を創作行為とする彫刻家ほどに成功することはできない。

――ハーバート・リード/瀧口修造訳『芸術の意味』(1958)

  

鑑賞において多視点を要請する彫像を、視点をつぎはぎしたディジタル性から救い出すのは像をめぐる身体の動きだ。身体のアナログな所作において彫像は脳内に再形成されてゆくのである。

  

それでは、「量塊そのもののうちに具わっている概念から生まれてくる、いわば四次元の過程を創作行為とする」とは、いったいどういうことか。「四次元」を、三次元を成す量塊を時間性において――連続移動の相において――捉え返した概念と考えれば、時間性を創作行為に取り入れるということになるが、リードは、ヘンリー・ムーアの彫像を念頭におきながら、次のようにしるしている。「この場合、形態とは、彫刻家の眼前にある石塊の重力の中心に想像上位置している彫刻家によって行われる面の直観にほかならない。この直観に導かれて、石は次第に気紛れな状態から存在の理想的な状態へと育まれてゆく。」

  

「重力の中心center of gravity」は、ふつう「重心」と訳される。物体の質量massが集中する1点のことだ。2つの物体の関係態においては、物体の外部に――モノとモノのあいだに――重心が求められる場合もあるが、リードは、量塊massの内部の一点を問題にしている。引力の集中する内部の一点に視座を定めて、量塊のすべての面を内側から一挙に直観することの重要さをリードは説いているのだ。これは、量塊をめぐってあるきまわることとは大きく異なる。これは、いくつもの視点、いくつもの視像の継ぎはぎではない。

  

ムーアに即して述べられたこのくだりは、一枚の葉を量塊の尖端として捉えよと言ったオーギュスト・ロダンの教えの裏返しにほかならない。ロダンの葉の教えは、木の葉を一枚一枚の薄っぺらなものとして見るのではなく、樹冠を形成する数多の面として捉えよという意味だが、リードが重視する量塊の内なる想像的視座は、樹木の譬えに沿っていえば、幹を登って樹冠のなかに入り込むことで得ることができるものだ。

  

ただし、樹冠を成す無数の面を、葉の繁みの内側から木洩れ日を頼りに眺め渡すというだけのことではない。樹葉に包まれた彫刻家は、量塊としての樹冠を、みずからの身体によって想像的に充たさなければならず、そのためには、これを可能とするポジションを――つまりは重心を――差し交す枝々のあいだから探り出さなければならない。すなわち、彫刻家は、これによって量塊の内部からその形象を触知的に体感することになる。

  

あるいは、こういってもよい。ここにおいて彫刻家は彫刻と一体化し、脳内の彫刻が身体的次元で成就するのだ、と。こうして「石は次第に気紛れな状態から存在の理想的な状態へと育まれてゆく」のである。

  

  

2020年4月8日改稿

2020年3月23日

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


摘読録――My favorite words 第26回

女子美術大学 名誉教授 北澤憲昭

   

まづ水。

――石川淳「至福千年」(1967)

  

400字詰め原稿用紙で800枚に及ばんとする長編小説「至福千年」の書き出し。つづいて「その性のよしあしはてきめんに仕事にひびく」とあって、更紗職人の話につながってゆくのだが、この体言止めのセンテンスは強い。もしかすると、万物の根源は水であると考えたタレスの思想が、ここに残響をとどめているのかもしれない。水の場面の印象的なこの小説ゆえの連想だが、はたして穿ちすぎであろうか。「岩のくぼみに湧き出る湯の、池ほどに広くみなぎつて、量ゆたかに、岩のふちにあふれ、おのづから波を打つてきらめいた。どこから落ちて来る光か、光の色は星に似てゐた。」タレスは、天文学者として知られており、こぐま座の名付け親ともいわれる。ヘレニズム期の詩人カリマコスは、タレスが大熊座に寄り添う星たちの小さな群を観測し、フェニキア人たちは、それを頼りに船を走らせるとしるしている。

 

   

2020年2月20日

NEW BOOKS 新着情報相模原


2/7 新着図書

【図書館員の注目本】

 

『ページもの冊子・雑誌のパーツ別デザインコレクション』

グラフィック社編集部 編/グラフィック社

扉・目次・カタログなどの誌面レイアウトを、それぞれのパーツごとに、作品例と併せて掲載しているデザイン資料集です。

みなさんの作品の参考に、ぜひご活用ください。

 

『現代感覚で描く水墨画の教科書』

伊藤 昌 ほか著/日貿出版社

水墨画の伝統をおさえつつ、墨の磨り方から応用技法まで知ることができる総合的な水墨画指導書です。
またプロの技が動画で見られる「QRコード」が付いているため、写真だけではわからない、筆の動きなどの表現方法も学ぶことができます。


『フェルトのデザインワーク』

中島 一恵 著/グラフィック社

子供でも簡単に扱える素材「フェルト」を使い、モチーフ作りから展開する大人向けのフェルト小物が作れます。

著者と一緒に、「フェルト」の新たな魅力を見つけてみませんか?


他全32冊

2020年2月7日

NEW BOOKS 新着情報杉 並


2/6 新着図書

【女子美OGの本】

 

『ノラネコぐんだんカレーライス』

女子美OG・工藤ノリコさんの絵本。ノラネコぐんだんがカレーをつくっていると、トラが現れて全部食べてしまいました!さらにカレーを作らせようとしますが…。産経新聞書評欄(2019/12/14)に掲載。

 

【図書館員の注目本】

 

『カジュアル ハンドレタリング ライフ』

筆ペンを使ってお洒落な手書き文字を書いてみませんか。ハンドレタリングを取り入れたライフスタイルの提案や、プロのアーティストによる書体を掲載。インスタグラムで発表された作品も多数紹介。

 

『ミヤザキワールドー宮崎駿の闇と光―』

アニメ・クイーンと呼ばれる米タフツ大学教授が、ミヤザキアニメを徹底解剖。11の長編映画と漫画版『ナウシカ』を鋭く分析する。世界6か国で刊行される、宮崎駿論の決定版。

 

『マンガで教養 はじめての西洋絵画  一生モノの基礎知識』

14世紀から20世紀前半の西洋絵画を紹介。当時の社会常識や美意識、価値観に基づき美術史的な観点から絵画鑑賞が楽しめる。マンガページも多く読みやすい。巻末に日本の美術館ガイドあり。

 

『の』

言葉と言葉の間にひそむ日本語、「の」がテーマの絵本。ページをめくるたびに、わたしの、お気に入りのコートの、ポケットの中のお城の…と「の」が続く。大胆かつ上品な装丁はcozfishが担当。

 

 

その他全25冊

 

展示中の新刊図書は、2号館1階ロビーのガラスケース内 / カウンター前ともに貸出可能です。気になる本がありましたら、カウンターまでお越しください。

 

詳細検索で「新着○日以内」と入力すれば一覧がご覧いただけます。

 

http://lib.joshibi.ac.jp/mylimedio/search/search-input.do?mode=comp&nqid=1

2020年2月6日

EXHIBITION 展示相模原


【終了】そのデザインにはワケがある! 意外と知らない 家紋・紋章のカタチ

 

展示期間: 2月3日(月)~ 11月30日(月)

展示場所:相模原図書館1F展示コーナー

 

 

初詣や成人式など、日本文化に触れることが多くなるこの時期。神社仏閣へ行った先で「家紋」を見た!という人もいるのでは?

 

 

日本には古くから家の紋章をあしらったデザインが数多くありますが、実はこの文化、日本とヨーロッパのみにある独特な文化といわれています。

 

 

本展は「家紋」の紹介や現代で使われている日本の紋章を取り上げました。また、ヨーロッパの紋章も併せてご紹介しています。

 

 

身近だけど意外と知らない、家紋・紋章の秘密を探ってみましょう。

2020年2月5日

NEWS 図書館からのお知らせ杉 並


杉並図書館員推薦図書コーナー 2月

杉並図書館員推薦図書コーナーを入れ替えました。

展示されている本は貸出可能です。詳細はカウンター前の杉並図書館員推薦図書コーナーをご覧下さい。

全6冊です。

 

『Cloth Lullaby : the woven life of Louise Bourgeois』

『きょうがはじまる』

『マーク・デイヴィス作品集 : ディズニー伝説の天才クリエーター : キャラクターからアトラクションまで創造の軌跡を探る』

『展覧会プロデューサーのお仕事』

『消滅遺産 : もう見られない世界の偉大な建造物』

『Jil Sander : present tense』

 

  

2020年2月3日

EXHIBITION 展示杉 並


【終了】かわいくて不思議な チェコアニメの世界~相模原図書館巡回展~

                                

展示期間:2020年2月3日(月)~3月21日(土)

展示場所:杉並キャンパス2号館1Fロビー / 館内カウンター横

                                

                           

今回の杉並図書館の展示は、2018年8月に相模原図書館で展示した巡回展です。

                                    

かわいくて、どこか懐かしくて、ちょっと怖い?チェコアニメ。

                            

チェコアニメは子ども向けの作品が多いため、登場するキャラクターたちは森の動物やあいくるしい女の子の妖精、屋根裏のガラクタたちなど、愛らしい子たちばかり。

                              

                
けれど中には、前衛的で何だか怖いものまで…!                    

                                  

ただかわいいだけじゃない、チェコアニメの不思議な魅力をお楽しみください。

                                 

館内カウンター横で展示中のチェコアニメ関連図書は、すべてお貸出しできます。DVDもご紹介。館内AVブースでご視聴いただけます!

                                  

是非この機会に、杉並図書館にご来館下さいませ♪

2020年2月3日

TEACHERS' SELECTION 先生の本棚から


摘読録――My favorite words 第25回

女子美術大学 名誉教授 北澤憲昭

   

私を捉えて離さないものは、たぶん恋ではない。きっと愛でもないのだろう。私の抱えている執着の正体が、いったいなんなのかわからない。けれどそんなことは、もうとっくにどうでもよくなっている。しょう油とんこつでも味噌コーンでも、純粋でも不純でも。

――角田光代『愛がなんだ』(2006)

 

「私」は「マモちゃん」という男性に心を奪われている。別段カッコいいわけでもなく、「海老」に喩えられるような容姿なのだが、ヒロインは、そんな彼に対する「執着」を抱え込んでいる。

  

「マモちゃんと会って、それまで単一色だった私の世界はきれいに二分した。「好きである」と、「どうでもいい」とに」と述懐する彼女の構えは、ほとんどフェティシズムに等しい。「マモちゃん」は、男としての感覚的な価値を超える超感覚的な次元で、あるいは人間的な価値を越える超価値論的次元で、つまりは訳の分からない魅力を発揮するフェティッシュとしてヒロインを呪縛している。それゆえ「私」は常軌を逸して彼に寄り添おうとするのだ。西洋人がもたらす〝ガラクタ〟を手に入れるために黄金を惜しみなくつぎ込む15世紀のアフリカ人たちのように。

  

アーティストにとっては、芸術こそ「マモちゃん」なのかもしれない。引き返すことができないところまで来てしまったアーティストにとって「芸術」なるものは、思うに「しょう油とんこつでも味噌コーンでも、純粋でも不純でも」いい何かなのだ。その「何か」を一言でいいあらわせば、フェティッシュとして物象化された芸術であり、ときには苦痛でもあるその呪力に耐えうるならば、ひとはアーティストでありつづけることができる。「マモちゃん」に寄り添うことで自分でありつづけようとする「私」のように。

  

  

2020年1月28日
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